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【SS】待ち人、来たる

大学で所属しているボランティアサークル、今日は砂浜の清掃だ。 まずは一人ずつ大きなゴミ袋を持って、ちりぢりになって各自ゴミを拾う。 海水浴シーズンではないためそこまで酷くはないものの、やっぱり空き缶や吸い殻などはたくさん落ちていた。 明日提出の、まだ真っ白なレポートのことなど考えながらゴミを拾っていると、コンクリートの段差に腰掛けている兄ちゃんが目に付いた。 こんな時期、砂浜には地元の人間しか居ないはずだが、その兄ちゃんはこの辺の者にはない垢抜けたオーラを放っていた。 ゴミを拾いながら少しずつ、近づいた。 海風になびくウェーブのかかった髪は青みを帯びた黒髪、チェックのマフラーをぐるぐる巻きにして、マスタード色のピーコートが目にも鮮やかだ。 ぼけーっと口を開けたまま間抜け面で空を眺めてみたり、スマホの画面を見てしかめっ面になったり、海鳥の鳴き声に驚いて飛び上がったり。かと思えば、不意に物憂げな表情になって波打ち際を見つめたり。 その表情ひとつひとつが、僕の心を鷲掴みにした。 その兄ちゃんの周辺のゴミはあらかた拾い終えてしまったけど、どうにもその場を去り難くて。どうしてこんな時期に、一人で海を見つめているのか。まさか、違うよな…? 周りにサークルのメンバーがいないことを確認し、一大決心をした。歩み寄ろうと一歩踏み出しかけた時、兄ちゃんの背後から別の男が現れた。七三メガネに黒のチェスターコート、中はスーツだろう。堅苦しそうな男。兄ちゃんとは、全く接点のなさそうな風貌だ。もしかして、不審者と思われてどっかの従業員から声をかけられてるんじゃないのか? なんて心配は全く不要で。 後ろから声をかけられ、振り向き見上げた兄ちゃんの顔に、僕は目を見張った。さっきから見てるいろんな顔とは別格の、空は曇っているのにそこだけさんさんと光が降り注ぐような、崇高さすら感じる蕩けるような満面の笑みに、僕は目をそらすことが出来なかった。そしてなんとも重苦しい心持ちになり、気がついた。 ああ、僕の中でついさっき恋が生まれて、その恋がたった今終わったんだ、と。

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