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【SS】いっしょに食べよ
創作BLワンライ&ワンドロ
お題【大好物】
※時間軸的に豚まんの話(https://fujossy.jp/books/12097)の後になります
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やらかした。
久しぶりにめちゃくちゃやらかした。
なんでもそつなくこなすリョウにとって珍しく、この日は仕事で大きな大きなミスをおかしてしまった。影響は社内にとどまらず、得意先にまでかなりの損害を与えてしまった。当然上からはこってり絞られ、現在リョウは失意のどん底にいた。
重い足取りで家路を辿る。ミスのリカバリをしていたために、退社時刻はいつもよりかなり遅くなってしまっていた。心身ともに疲弊し切っているリョウは体を引きずるようにどうにか歩いている。歩を進める足はほとんど上がっておらず、靴の底が無駄にすり減りそうだ。
「おかえり!えらい遅かったなあ」
ようやく自宅に辿り着くと、母親の声が迎えてくれる。元気な声色が、今は聞くのが少ししんどい。
「うん……」
生返事ひとつ残して、ダイニングを素通りして二階の自室へ向かおうとする。
「ご飯は?今日はあんたの大好物の冷やし中華やのに」
確かにリョウは冷やし中華が大好きだ。そう言えば、昨日か一昨日ぐらいに、そろそろしてよなんて母に言ったっけ。
だけど、今は。
「……ごめん、今ちょっと食われへん」
どこかで食べてきたのかとギャーギャーうるさい母親に、後で食べると言い残し、リョウは階段を昇った。
自室に入りブリーフケースを放り出すと、ベッドに身を投げた。そして大きなため息ひとつ。辛い一日だった。ミスに慣れていないだけに、堪える。
こんな日は、声が聞きたい。
遠距離恋愛中の、連絡不精な恋人に思いを馳せる。
電話、してみようかな。
だけどまだ仕事中かもしれないし、帰宅中で運転しているかもしれない。
かけてと言ってもかかってくる確率は、これまで五割あるかどうか。
さらに言えば特に用件などない。いつも電話で話す時は、何か用件があって、その用件さえ済めばさっさと通話を切り上げられるのだった。
……だとしても。
今夜は、どうしても彼の声で一日を終えたい。
『少し話したい。帰ったら電話できるかな?』
テキストでのメッセージを送るにとどめる。かかってこなかったらそれはそれで仕方ない。
ベッドに投げた体は疲れで重みを増し、ずぶずぶと沈んでいく。このまま意識を手放してしまおうか、と思った時、着信を知らせる音によって、手放しかけていた意識を慌てて取り戻す。
「アヤ!」
今まで寝そうだった人間の声とは思えない弾けそうな声で、リョウは愛しい人の名を呼んだ。
「今帰ってきたとこ。どうしたの」
どうしたの、と言われても……そうだ。用件がないとダメなんだった。
「んーと……」
声が聞きたくて?
そんなことを言ったら今もう聞いただろ、で会話終了だ。あれやこれやと余計な策を練らず、仕事のミスで落ち込んでいる、と正直に言ってしまえばいいのかもしれないが、最愛の、しかも同性の恋人に、仕事絡みの弱みを見せたくないという、ほんのひとつまみのプライドがそれを阻んだ。
何とか、話題を探す。もっと声を聞いていたいだけなのに、どうしてこんなに必死にならないといけないのか。せっかく声を聞いても癒される暇もない。
「……えっと!アヤって何が好物なん?ほら、食べ物の大好物ってやつ」
さっきの母親の言葉を思い出したのだ。苦し紛れとはいえ、くだらないことを言い出してしまった。アヤが食べ物に執着がないのは知っているのに。
失敗したなと思っていたら、しばしの間の後
「……リョウ」
しまった、とリョウはさらにこのくだらない質問を後悔した。以前にも、何か欲しいものはあるかと訊けばリョウの全部、なんて返って来たんだった。狙っているのではなく、天然で、会話のキャッチボールが下手くそな男。しかも球筋は往々にして、下ネタ方向に逸れる。今回もまた俺が好物とか……、嬉しくないとは言わないが、今そういうテンションじゃないのになあと思った時
「が、前に買ってきてくれた、豚饅」
アヤに会いに行く時に、大阪土産として持っていったことのある豚饅。そういえばひどく気に入って、リョウの分まで食べてたっけ。
「……そか、気に入ってもらえて俺も嬉しいわ」
ようやくリョウの全身から余分な力が抜け、胸のあたりが温かくなった。
「また買ってくわな」
「うん、一緒に食べよう」
「もう俺の分までとらんとってや!」
リョウがその日心から笑えたのは、この時が初めてだった。
また会う約束をし、おやすみの挨拶を交わして通話を終えると、リョウは冷やし中華を食べるために階段を降りた。
【おわり】
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