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そんなこんなのおいしいはなし 1
遠距離恋愛中の恋人・アヤの元へ向かうため、リョウは新大阪から新幹線に乗る。前に会った時からまた二ヶ月ほど経っただろうか。久しぶりに会えるのが嬉しすぎて、知らない人が見ても何かいい事あったんだろうなとわかる程度に、足取りは軽やかで表情は輝いていた。
新大阪駅を歩いていると、普段は特に気に留めることもないものがたまたま目に止まった。
大阪名物の豚饅。ボリュームがあり味も良く、目の覚めるような赤い紙箱もインパクトがあり、他府県へのお土産としても人気だ。だがただ一つ欠点といえば、匂いが強烈すぎて公共の乗り物に持って乗るのがはばかられること。
「長いこと食うてへんなあ」
ぽつりと独りごちる。リョウも例に漏れず、この豚饅が大好きだ。だが訳あってもう十年以上食べていない。
久しぶりに食べてみようか、と思いつく。どうせいつもアヤと会っても、部屋でコンビニ弁当だ。たまにはこんなのも悪くないんじゃないか?
四個入りの箱をひとつ購入し、新幹線に乗る。やっぱり匂う。心の中でごめんなさいごめんなさいと身が縮む思いをしながら、さっさと目的地へ着いてくれとひたすら祈った。
ようやく祈りが通じて降車駅に着いた。誰よりも早く下車し、改札を抜け、外に出ると、アヤの車が目の前のロータリーに既に停まっている。微笑みを交わし、当たり前のように助手席に収まると、車は滑るように走り出した。
「何のにおい?これ」
早速アヤが眉を顰めている。
「うん?ちょっとお土産。後で一緒に食べよ」
マンションに着き、いつもの雑然とした部屋に通されると、早速赤い箱を開け始めるリョウ。
「腹減ってるやんな?」
仕事明けのアヤのいでたちはもちろん、いつものオールバックにスーツのお仕事モード。夕飯はまだに違いない。
「うんまあ、そこそこ」
アヤはさほど興味なさそうに答えながら、持っていたバッグや着ていた上着をバサバサとそこらへんに放り出す。そして散乱している物を適当に横へ追いやって、座る場所を作った。ああまた片付けなきゃな、でも今はこっちが先だ、とリョウは箱から豚饅を取り出し、皿に乗せると、濡らしたキッチンペーパーを被せて電子レンジに入れた。
ネクタイを取り、一番上のボタンだけ外したアヤが少し髪を崩しながらソファに座ると、同時にレンジの音が鳴った。やがて湯気を立てた大きなふかふかの豚饅が目の前に現れた。
「この季節に肉まん?」
「これはそこらの豚饅とはちょっと違うねん、季節なんか超越してるねんで。まあ食べてみてよ」
底にくっついている松の木のざぶとんを剥がしながら自慢げにリョウが紹介するので、アヤも早速一口。
「美味いね」
食にはてんで執着がなく、滅多に食べ物の感想を言うことなどないアヤが珍しく漏らした。
「せやろ!俺もめっちゃ好きやねんこれ」
気に入ってもらえて安心したリョウも、満面の笑みになって食を進める。
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