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限界ラバーズ 3
「ほんまごめん、ウザいこと言うて。さあもうこの話はおーわーり。アヤも忘れて、な!」
二カッと笑ってアヤの背中をぽんと叩くリョウの目や鼻は真っ赤だし、頬はまだ濡れている。
「……あのさ」
機械のように事務的なアヤの声に、リョウの顔色が変わる。
「……なに?」
「二人でいる時ぐらい、無理しないで」
いったんは気持ちを切りかえ、止まっていたリョウの涙がまた嵩を増す。
「な、んでよ、無理なんかしてないって」
また笑いながら努めて明るく返したが、声は掠れていた。
「俺は、アヤの前ではいつも笑ってたいだけ、やで」
ぽつりと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「俺には笑ってるリョウしか見せてくれないってこと」
「アヤ……?」
「リョウは俺の、いろんな面を見ることが出来て、楽しくて、どの俺も好きって言ってくれた」
「うん、そうやで。今だって変わらへんよ」
「俺も、いろんなリョウが全部見たい」
「えー。俺めちゃくちゃ腹黒やからなぁ。全部見せたら嫌われてまうわ」
肩を竦めて苦笑するリョウだが、アヤは笑わない。リョウから視線を外し、
「……そう」
とだけ言い残すと、リョウを置いて一人またベッドへ潜り込んだ。
リョウは嘘を言っていない。アヤの前ではドジをやらかしたり駄々をこねてしまったり、てんでかっこつかないけれど、笑顔だけは絶やさずにいたい。それは付き合い始めた頃からずっと思ってきたこと。アヤと一緒にいられることが嬉しくて、幸せで。二人の時こそ、笑って過ごしたいのだ。
そしてもうひとつ。本心をさらけ出すのが怖い。嫌われたくない。だから、わがままを言うことはあっても、心の底に抱える弱音や不安、愚痴はこぼしたくない。
「アヤ……怒ったん?」
返事はない。
嫌われないように、と思っての振る舞いが、逆効果になってしまったのだろうか。リョウはやりきれない気持ちで立ち上がり、ベッドへ行くとアヤの隣に潜り込んだ。
「ごめん、アヤ、ごめんな」
アヤは背中を向けたまま、何も返ってこない。
そういえば。
リョウはこれまでの恋愛を思い出した。
なんでも許していつもニコニコしていたら、そんなに好きじゃないんだろうと言われたり、本心がわからなくて気味が悪いと言われたり、都合のいい男にされてほかの男と二股かけられたり、したっけなあ。
アヤにももう、愛想を尽かされてしまうんだろうか。
もう話しかけてこなくなったリョウの気配を背中に感じながら、アヤは考える。こんなに他人に振り回されるのは初めてで、凍結していたいろんな感情をリョウによって解凍され、引きずり出された。まるごと受けいれてくれる、そう信じることが出来るからこそ、できるだけ気持ちをさらけ出そうと思えるようになった。裏を返せば、リョウはアヤのことを信用していないのか、なんて思ってしまう。自分だけが丸裸にされている気分だ。
――やっぱり、限界なのかもしれない。
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