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【SS】好きな顔

「なあ、アヤ」 「ん」  名前を呼ばれたから、返事をして振り返った。至極当たり前のこと。なのに 「ふふっ」  呼んだ相手からは笑われてしまい、少しムッとする。 「何笑ってるんだよ」 「ううん」  依然にまにまと笑い続けるリョウ。あっそ、と素っ気なく返し、アヤはリョウに背を向けた。 「あ、怒った?」 「別に」  ため息混じりに面倒くさそうに返すその口調は、言葉に反して充分不機嫌そうだ。 「あんな、アヤって呼んで、返事してくれる時、一瞬ぴょこって眉毛上がんねん」  全然気づかなかった、そんな恥ずかしいことしていたのか、だから笑われていたのか。もっと早く言ってくれたらいいのに。アヤはますます気が沈む。 「それがな、……」  それまで嬉々として話していたリョウが急に口ごもる。 「なんだよ今更」 「その顔が、すんごい可愛くて、大好き!」  照れくささと愛おしさが混じりあった、弾けるような笑顔で、リョウが飛びついてきた。まるで大型犬がじゃれついてくるように。腰掛けていたベッドに二人して倒れ込む。 「な、な、アヤは、俺のどんな顔が好き?」  今度は好奇心旺盛な子どもみたいな顔で訊いてくる。愛しさが溢れてしまって、アヤは返事をするのも忘れて思わず唇を重ねた。重ねただけでは飽き足りず、無遠慮に舌を捩じ込んで咥内をくまなく侵した。 「ふぁ……」  するとさっきとは打って変わって、すっかりとろんとした瞳のだらしない表情に変わってしまった。    不敵ににまにまと笑う顔も、はち切れんばかりの満面の笑みも、無邪気な瞳も、その先を期待するいやらしい表情も。    ――選べるわけないだろ。   「……ないしょ」  その一言を答えとして、アヤは再びリョウにくちづけた。

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