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第8話

ナオは橋本の背を見つめながら、ゆっくりと店内を歩く。 橋本の前をウェイターが歩いていて、席へと案内してくれているようだが、ナオは橋本とウェイターの話など全く聞いていなかった。 とにかく、異次元に迷い込んだ気分だ。 いつも静かな場所にいるせいか、ひっきりなしにリズミカルなBGMがかかっている雰囲気も、残念ながら好きになれそうにない。 「えー、坂上さん、そんなこと言う人だったんですかぁ?」 ナオは「坂上」という名にピクリと反応し、次にその名を放ったのが女性だということを認識した。 今の台詞は、ナオの左側から聞こえたような気がして、恐る恐るそちらを見れば、何と幸太郎が見知らぬ女子と楽しそうに談笑している。 その席には女性が3人、男性が3人、向かい合わせに座っていて、幸太郎が取引先の接待をしているようには思えなかった。 そう、これはいわゆる合コンだ。 「久住?」 しばらく幸太郎を見つめて佇んでいると、橋本に声かけられハッとする。 しかしハッとしたのは幸太郎も同じだったようで、自分のすぐ傍に立ち尽くしているナオを見るなり顔面から笑顔を消した。 「ナオ、お前、なんでこんなとこに……?」 しまった──、と幸太郎は思った。 別にいけないことをしている訳ではない、ただ頭数の足りない合コンに顔を出しただけのことだ。 なのにナオは傷付いたような顔をして、幸太郎を見つめている。 やめろよ、別にやましいことなんて何もない。 そう言いたいのに、ここでは言えないことに気付いた。 ナオは幸太郎の恋人で、同棲までしている仲だ。 しかしナオは男で、ここで迂闊なことを言ってしまったら、ナオも幸太郎もゲイだと露見してしまう。 外にいると、ナオに言い訳もしてやれないのか──? こういう場面に差し掛かって、ようやく思い当たる辛い現実。 家の中にいるより、ずっと不便で、まどろっこしい。 「人違いでした、失礼します」 「──っ!?」 ナオはポツリとそう言うと、同僚と思しき人物の後を慌てて追いかける。 それにしても、「人違い」とはまた随分な言われようだなと、幸太郎はジョッキのビールを一気にあおった。 「ぷはー、うめー!」 「ちょっと、坂上さん……?」 いきなりテンションが変わった幸太郎を、向かいの席の女子が気遣う。 この子、名前何だっけ──? 何も考えたくない、何も覚えていたくない。 とりわけ、ナオが冷たい声で「人違いでした」などと言った事実など、記憶の外へ飛ばしてしまいたかった。

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