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第26話
幸太郎はナオを室内に招き入れ、膝の上に乗せてやった。
小柄なナオはとても軽く、いらぬ苦労をかけているのが心苦しくなるくらいだ。
「なぁ、ナオ?お前、有給休暇を取れって言ったら、どのくらい取れる?」
「……多分、1週間」
とにかく見合いから話題を遠ざけなければならない。
幸太郎はポツリと応じたナオに畳み掛ける。
「ナオはパスポート持ってんのか?」
「持ってないよ」
「じゃあ、行けるとしたら国内旅行だな。どこへ行きたいとか、リクエストあるか?」
ナオはそこまで聞いたとこで、ふっと笑った。
「幸太郎、俺に気を遣う必要なんてないんだよ」
「なんでだよ?俺はお前しか見てねーぞ」
「でも、俺は幸太郎以外を見なきゃいけない。そういう時期なんだよ」
ああ、クソ──。
何とかナオに前向きになってもらうためには、どうしたらいいのだろう。
幸太郎はナオを背後からギュッと抱き締める。
「ナオ……どこにも行くな……よそ見すんな……俺だけ見てればそれでいい」
「なんで……?だって幸太郎、お見合いするんだよ?それに幸太郎は元々ノーマルなんだから、女の人に惹かれるのは……当然で……ッ……」
開かれたナオの瞳から涙が溢れ、嗚咽を洩らして背中を揺らす。
幸太郎はそんなナオを更なる力で抱き締めながら、あることを決意した。
お見合い当日──。
その日は晴天に恵まれていた。
暑くもなく、寒くもない中秋の大安日。
幸太郎は帝都ホテルのラウンジで、諸住翔副社長と肩を並べつつ、密談中だった。
「正気か、坂上?」
「大マジです。てか、こうでもしないとナオ……俺の恋人が納得しねーし……」
幸太郎は必死だった。
ナオは毎晩のように枕を涙で濡らしており、食欲もなけれは性欲もない。
もうこうするしか手段がないのだと力説すれば、翔も諦めがついたようだった。
「伊織」
翔が秘書を呼び寄せると、伊織が彼の指示に耳を貸す。
だが聞いているうちに堪え切れなくなったらしく「マジかよ!?」と素っ頓狂な声でラウンジ内の空気を乱してくれた。
「マジだ。ここから坂上の恋人の会社はそう遠くない。連れて来てくれ」
「いいのかよ、んなことして?」
「構わん」
伊織はナオが努めている会社の住所を書いたメモを翔から受け取ると、「俺、どうなっても知らねーからな」と軽口を叩いてホテルを後にして行った。
そう、幸太郎は提案したのだ。
見合いの席に久住ナオを同席させて欲しいのだと。
そして諸住副社長はそれを許してくれた、それだけの話だった。
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