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第29話

戸倉夏美、22歳──。 新卒で諸住物産庶務課に在籍するようになったが、実は見合いはこれが初めてという訳ではない。 大学時代にも、良家とのご縁があって何度か見合いをしたことがある。 だが自分からお見合いをと望んだのは初めてだ。 更に言えば、見合い相手が恋人だという男性を見合いの場に連れて来たのも初めてだ。 「諸住副社長、これは一体……?」 仲人をお願いした夏美は、何がどうなっているのやらと、驚きと戸惑いを隠すことができない。 「坂上君からの希望でね、恋人同伴で見合いをさせて欲しいのだそうだ」 「はぁ!?無茶苦茶ですよ!そういうの、仲人なら止めてくださいよ!」 まあ、そう来るだろうなと翔は片眉を吊り上げる。 だが自分の見合いの時も、相当なことをやらかしているので、幸太郎を責める気にはなれず、むしろ好意的だった。 「戸倉さん」 幸太郎が夏美の名を呼ぶ。 「何でしょう?」 夏美は凄味を帯びた声で、幸太郎の呼びかけに応じた。 「ここにいるのは俺の恋人で、久住ナオといいます。以前あなたには『付き合っている人がいる』と言ったはずですが、なぜお見合いなんてしようと思ったんですか?」 「私とお見合いをすると、逆玉の輿になれるからよ。でも、まさか坂上さんがゲイだったなんて……」 「違うんです!」 夏美の呆れた声を遮ったのは、意外なことにナオだった。 「幸太郎は、元々はノーマルなんです!ゲイになったのは俺のせいで……」 「昔は昔、今は今よ。あなたがどんなに坂上さんを弁護しても、それは変わらないわ」 「というワケで、俺のことは諦めてください、戸倉さん」 夏美は運ばれてきたコーヒーを一口上品にすすると、「はぁ」とあからさまな溜息を吐いた。ここは退くべきか、進むべきか。 だが、癪なことに何となく分かってしまうものなのだ。 こうして隣り合って座っている幸太郎とナオの間には、分かちがたい絆のようなものが見え隠れしている。 他人である夏美がそうなのだから、当事者達は切っても切れない絆をもっと実感していることだろう。 「幸太郎を……取らないで……ください……」 そう言ったナオのチノパンの上に、涙が一つ、また一つと零れ出す。 まったくいい当て馬だと夏美はバカらしくなってしまった。 「取らないわよ、あなたが幸せにしてあげればいいわ」 「え……?」 「だって、坂上さん、私のこと全然見てくれないんだもの。視線はあなたに釘付けになってるわよ」 夏美は翔を一瞥すると、「フン」と言ってその場から去ってしまった。

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