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第30話

夏美が行ってしまうと、どこからともなく伊織が姿を現した。 どうやら夏美がこういう態度に出た時の、翔のスケジュールを調整しているらしく、スマホを片手に近付いてくる。 「オイ、次の予定だ。今日はこの後の予定を全部繰り上げて、仕事を5時で終わらせる」 「ああ、分かった。君達2人には驚かされたが、ゆっくりしていくといい」 翔は伊織に促され、ラウンジを後にしてしまう。 幸太郎は2人が去って行くのを見送ると、ナオが持っている小さなボストンバッグを見つめた。 「出て行くつもりだったのか?」 「……うん」 「行くアテなんてなかったんじゃないのか?」 「でも……お見合いから帰って来る幸太郎を見るのは、もっと嫌だった」 どこにも行かせるものかと、幸太郎はナオの肩を抱き寄せた。 「ちょっと、幸太郎、ここ外だから……」 「外だから、なんだって?」 「男同士が肩組んでたら、目立つし……」 そうだよなと、幸太郎も思う。 でも、自分がゲイであることはオープンにしてもいいなと思った。 それが嫌で離れて行く者もいるだろうが、そのくらいで離れてしまうなら、所詮それまでの関係だったということだ。 「ナオ、お前さ、俺と肩組むなってヤツが何人いたら、肩組むのやめる?」 「え……?」 「答えろよ」 そんなこと、考えたこともなかった。 ただ男同士だから見栄えがよくない、そう思っただけで、具体的に何人に反対されたらやめるのかなんて考えてもみなかった。 「何人いても……やめない……」 「だろ?俺も。だからさ……いなくなるなって。俺にはナオが必要なんだよ」 「う、ん……」 「それに、ナオの作るメシは美味いからな。胃袋掴まれて、別れたりできると思うのか?」 ナオも幸太郎の手料理が大好きだ。 ナオほどの拘りはないが、男っぽくて豪快で、それでいて愛情という名の隠し味がたっぷり使われている味が好きで好きでたまらない。 「でも、幸太郎、会社大丈夫なの?さっきの人、幸太郎の会社の副社長とその秘書の人なんでしょ?」 「ああ……ま、大丈夫だろ」 実は翔もゲイでしたと言ってしまってもいいのだが、別にここで話題にすることでもないだろう。 「ナオとキスしたくなった」 「え……俺は、安心したらお腹空いた」 「そういや、お前今朝食ってなかったもんな」 「昼も食べてないから……」 じゃあホテル内のレストランで食事をしようと、2人は立ち上がって場所を移動するべくラウンジを後にする。 その間、幸太郎はずっとナオの手を握り締めていた。

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