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第32話
翌朝──。
幸太郎は営業部に出社する前に、50階にある副社長室を訪れた。
諸住翔は既に会社に来ており、藤堂伊織に手渡される資料を一瞥しては押印している。
恐らく副社長決裁が必要な書類を片付けているのだろう。
「何だ、俺は忙しい」
「一つ訊きたいことがありまして」
不機嫌そうな翔を前にしても、幸太郎は動じなかった。
そもそもこの副社長は大して愛想がよくないので、このくらいのテンションの方が話していて落ち着く。
「とっとと用件を言え」
「どうして昨日、見合いの場にナオを連れて来てくれたんですか?」
翔は一旦手を止めると、まじまじと幸太郎を見つめてきた。
「あの見合いは君にとって本意ではないと分かっていたからだ」
「でも、それだけであんな大胆なことしますかね?」
「大胆……?そうだったか……?」
今度は幸太郎が驚く番だった。
なんと諸住翔はナオを見合いの場に同席させたことが、些末なことであると考えているようだ。
さすが世間知らずのお坊ちゃんだと拍手喝采を送りたくなる。
だがそんな幸太郎の心中を察したのか、秘書の藤堂伊織が苦い笑みを浮かべて教えてくれた。
「副社長はかつて見合いを51件断った。多分見合いの常識なんてものは、どっかへ吹き飛んでるんだろーよ」
「はあ!?51件!?」
そんなに見合いをしても尚結婚していないのだから、ある意味凄い。
相手の女性に対する理想を高く持っているのだろうか、いや、だが翔ほどのルックスであれば、女性の方が放っておかないのではとも思う。
「そうだ。それだけの回数をこなしていれば、常識がどうこうという概念すらなくなる。あそこに君の恋人を呼び寄せたのは、戸倉夏美に君という男を早々に諦めさせるためだった」
「戸倉さんのお父さんはなんて?」
「まあ……叱られた」
そこで幸太郎はプッと吹き出した。
翔には申し訳ないが、この人が仲人で本当によかったと思う。
「ちなみに、翔は51件目の見合いで、とんでもねーことやらかしてっから。お前の見合いでのアクシデントの比じゃねーよ」
「黙れ、伊織」
幸太郎としては51件目の見合いで何があったのかを知りたかったが、まあ教えてはくれないだろう。
「ナオの昨日の半休はどうなったんですか?」
「彼の会社はウチと取引がある。あちらの社長に話をつけておいたから、お咎めはないだろう」
なるほど、さすが敏腕副社長。
常に幸太郎の先回りをして手を打っている。
この人がこの若さで副社長という地位にいる理由が、ようやく理解できた。
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