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第3話

  繁華街を抜けて、住宅街に入ると人通りも落ちついて、俺の跳ねあがった心拍数もだいぶ落ちついてきていた。コスモスの匂いに似たシャンプーは芹沢のモノ。柔らかい蓮華の匂いもそうだが、芹沢の名前と同じだと思うと心の底にあった不安がうすらんだような気がした。 「あの頃と同じ匂いだ」 まだ、芹沢と仲がよくっていじめていなかった頃の記憶が蘇ってきて、俺はどうして、彼をいじめていたんだろうと首を傾げた。芹沢のことが気に入らなかったから?──否、違う。女の子のような容姿だから?───んん、ソレも違う気がする。ああ、名前がれんげだから?───ソレも、違うような気がした。じゃ、なんで?と自問自答をしていたら、芹沢が俺の顔を下から覗き込んできていた。 「ふっふ、よく覚えていたね」 俺と芹沢の身長差だから仕方がないことだが、芹沢も俺も男だ。同性で同い年のこの身長差はどうかと思われる。みた目も女で、身長も低い。胸の膨らみさえ気にしなかったら、誰もが美人な女性に腕を引っ張られていると思うだろう。しかも、俺がほろ酔いでフラりとした足取りをしているからなお、芹沢が女だという形を枠つけてしまう。 「──顔、近いって………!」 慌てて、芹沢から離れて、俺はドキドキしている心臓をわし掴んだ。吃驚したという顔をしたら、芹沢はゴメンゴメンと笑って、「コレ、宗ちゃんがくれたシャンプーだからだよ」とまったくワケの解らないことを返された。 「俺が、………あげたシャンプー?」 不思議そうな顔でそう聞き返すと「ソコは覚えてないんだ」とばかりに芹沢は静かに笑う。ソレでも俺が芹沢のことを覚えていたことが嬉しいようで、屈託に俺に笑い返す。そんな芹沢の心がまったく読めない俺は怯えた。ソレに、芹沢の屈託な笑顔にどうもいじめっこといじめられっこという関係が表立ってないし、だからといってソレを俺から掘り起こそうとか引き出そうとは思わなかった。 「──い、ま、………思い出す」 そう短く応じ、ヒントを頼りにどうにか思い出そう思考を巡らせても、断片すら思い出さない。誰かとの間違いではないかと聞き返すが、芹沢は俺だというのだ。 「ふっふ、宗ちゃんは昔からそう。大事なことはなにも………」 覚えてないと続く唇が止まって、前方から現れた人物に芹沢は「ただいま♪」と大きく手を振る。その相手が誰なのかは、聞かなくても直ぐに解った。中学からイケメンだった顔が、もっとイケメンになった転校生の嵯峨の顔だったから。 「………藤田………」 大きく開かれる眼に苦笑いをして、俺は小さく頷いた。すると、嵯峨は人前だというのに、「お帰り」と芹沢の額にキスを落とし、「遅いから物凄く心配した」と俺の顔をみる。この二人がつき合っているということは、中学のときから知っていることだからこういうやり取りがあってもそう驚くことはなかったが、いまでも嵯峨と繋がっててつき合っていることに俺は怯えて足がすくんでいた。 ソレと同時に、胃の下の方がぎゅうとなにかに掴まれたような痛みが走る。緊迫した空気が流れ、コレがストレスからなるモノだと解った。そう、いじめっこといじめられっこ、そして、そのいじめっこから助けたヒーローがいまさら集まったらもう苦い思い出しかない。ソレなのに、芹沢だけが俺のことを歓迎してくれていた。 嵯峨の瞳に映る黒い影が、俺がしたことへの新たな後悔を生ませる。仕返しというよりも、俺さえいなければという負の感情が紺紺と伝わってきた。 「さ、嵯峨、久しぶり、───えっと、あの………芹沢、俺、帰る………」 なと、終電も帰りのタクシー代もないクセに俺は掴まれた腕からようやく芹沢の手を離す。もう少し早く離せたハズのその手も、芹沢の仕返しがどう返ってくるのかが解らなかったから離すに離せれなかったのだ。嵯峨のようにあからさまに俺への嫌悪感が帯びていたら、抵抗ができたかもしれないが。 どうして?そういう顔の芹沢は中学のとき嵯峨の後ろで隠れていたのと同じ顔をする。突き放されるという恐怖はいまだにあるようで、僅かに震えている手がソレを物語っていた。俺には関係ないことだといい聞かしても、芹沢をこんなふうにしたのは事実俺だと解っているから振り切れなくなる。 ゴメンという単語さえ紡げず、俺は急いで踵を返そうとした。ガッシッと掴まれる腕の重みは芹沢のモノだろうが、その奥にいる嵯峨の重みまで加わっているんじゃないかと思うくらい重く、そして、憎悪を含んだ嵯峨の瞳に純粋で汚れのない紅い瞳が交差することに心が凍った。真夏で、熱帯夜。ムシムシする日本特有の暑さの中で、身震いするほど彼らに怯え、初めて芹沢をいじめたことに対して後悔の念が生じる。 「宗ちゃん、なにいってんの?久しぶりに会ったんだからいろいろ話そうよ」 そう俺にねだる声はとても甘く、「魁人もそう思うでしょう?」と嵯峨の名前を呼ぶ声もとても甘かった。恐怖で身を縮ませる俺とは違って、嵯峨は怒りに満ちた顔をする。  

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