7 / 138
第7話
ばたばたと慌ただしい声と共に、その人が僕の首筋に指を這わせて、そして覗き込んできた。
「体は動かせる? 動かせるなら瞬き二回して」
女性の声だ。必死で、緊張している女性の声だ。
僕は瞬きしないで少し頭を振った。
「だめ。動かないで。お願いだから動かないで」
理由は分からなかったけど、言われたとおりに瞬きをする。
するとぽたぽたと顔に何かが落ちた。
「ごめんなさいね。つい、五年も眠っていたから、信じられなくて」
五年……?
この女性は誰だろう。看護師さん?
ここは……病院?
まだはっきりしない微睡む意識の中、大きな足音がベットに響いてきた。
「差尻さん、まじっすか!」
「……っ」
二つの足音。騒がしい方の声は、看護師さんに引きずられて廊下へ出ていく。
何も言わない足音は、荒い息を整えながら僕に近づいてくる。
「風海……っ」
ぼやけた視界の中、近づいてくる顔。
その顔が、遼だと気づいて涙が込み上げてきた。
身体は動かない。目を動かすだけで頭が痛む。
意識もぼんやりしていて、遼の顔がかすんでる。
声も上げられないのに、笑おうとすると乾いた唇がピリピリ痛いのに、遼がいる。
それだけで夢でもいい。幸せだと感じられた。
まだ視界はぼやけて、物を認識できていなくて、自分の体じゃないぐらい、脱ぎ捨てたいぐらい重いし億劫だし、状況が分からないのに、――僕は今、幸せだった。
「風海さん!」
手放す意識の中、もう一度聞こえてきた声は、知っている。
ただ誰かもわからず、僕は再び重たい瞼を閉じた。
ともだちにシェアしよう!