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第31話
出ていこうとしたのに、エレベーターはナースステーションを必ず通らないといけない。
しかも寝静まった病院の廊下では、車椅子の音は大きく響いてしまう。
逃げる場所なんてどこにもないし窓は開かないしで、どうすれば逃げ出せるのか分からなかった。
迷惑かけない方法で、消えてしまいたい。
目の前の海にでも沈んでしまおうと思っているのに、ナースステーションは人が多すぎた。
「先生、急患です」
「202号室の患者さんがまた徘徊を」
……お。
タイミングよくナースステーションに残っていた看護師と、パソコンで何か操作していた医師が出ていく。
空になったのは本の数分だけだったけど、僕はそれをチャンスに階段へと向かった。
そこから車椅子を降りて、座りながら移動すれば、音も響かないし気づかれないだろうと、安易にそう思ったんだ。
「……風海さん?」
けれど、タイミング悪く暗い廊下の向こうから人影が見えて、呼びかけられた。
「何してるんですか、風海さん」
廊下から飛ぶように駆け寄ってくるのは、征孜くんだった。
「来ないでっ」
近づく彼に、冷たい言葉を投げつけた。
「歩く練習をしていただけだ。君に頼らず、自分で歩いて病室へ戻るので来ないで」
人は、嘘を吐くとここまで心臓が痛いぐらい早鳴るのだと知った。
いや、何も悪くなかったのに、彼に八つ当たりしている僕が悪い。
「でも、そっち階段ですよね」
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