32 / 138
第32話
「階段の方が、練習になるんだ」
「あの人のことで、傷ついて自棄を起こしてませんか」
泣きすぎた顔を見られたくなくて、近づいてくる征孜から逃げるように後ろへと下がる。
「貴方が起きた時点で、あいつには消えてもらえばよかった。せめて心が安定するまで、目の前に現れなかったらよかったのに」
なんで。
なんで征孜くんが辛そうな顔をするんだ。
「明日から、ゆっくりリハビリしていきましょう。階段はまだ危ないです」
「……危ないの、階段」
「そうですね。まだ立ち上がるのも一人では無理な風海さんでは、危険ですよ」
「そう。危険なんだ」
後ろへ下がる車椅子の音が、キイキイと大きく響いた。
「じゃあ、ここから転倒したら、ただの事故かな」
「事故じゃすみません。貴方はまだ羽化したばかりの柔らかい体のようなものです。だから一回、戻――」
焦るような征孜くんに、僕は微笑んだ。
「もう何も戻れないんだよ。ごめんね」
ともだちにシェアしよう!