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第33話
夜、暗闇では音は大きく響く。
落ちていく車椅子の音は、全てのフロアの廊下にまで響いたに違いない。
車椅子から落ちる瞬間、ぴりりと肩が避けるような痛みが広がった。
でもそれよりも、きっと僕の存在はもっと痛いんだ。
落ちるなら、ちゃんと死んでほしい。
これで生き永らえたら、迷惑しかかけない。
僕は、ただ――ただ、ただ。
誰にも迷惑かけず、誰にもこの恋を祝福されないでも、誰も恨まず、ひっそり普通の人たちに紛れていたかっただけだ。
多くは望まない。
でも遼が、僕に触れてくれた瞬間に望んでしまったんだろうな。
きっと遼との未来を、描きすぎたんだ。
『――俺は別に』
海で遼が水上バイクのエンジンを点検しながら言う。
『別に俺は、お前と別れてもいいけど』
嫌だ、と思った。僕は別れたくないと叫んだ。
しがみついたら、試していた遼が僕を抱きしめてキスしてくれた。
『じゃあ、俺を信用しろよ』
その時は、君の部屋の女性の陰に気づいていた。
でも信じなきゃ、この幸せを手放さなきゃいけない。
遼が僕から離れて背を向けた瞬間、触れられた唇を指でなぞって泣いた。
……苦しい。
僕だけを好きになって。
でもそれが、わがままで多くを望んでしまったことを、知ったんだ。
ごめんなさい。
「風海さん!」
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