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第42話

「そう、なんですね。知らなかった」 僕が彼を海で助けたって言うのは、じゃあもう更生したあとだったのかな。 院長は、仕事のできるハキハキした聡明そうな女性だったし、征孜くんがぐれるなんて全く想像できない。 「でも、征孜くんが太陽みたいって、ちょっと嬉しい、貴方が前向きになってるんじゃないかなって」 「前向き、ですね。そうですね。目が覚めた今は、早く自立したいです。この五年間、迷惑しかかけてないし」 「違うわよ」 ツン、と再び鼻を押された。いや、今回は思いっきり指先で弾かれたのかな。 「五年間が何よ。貴方が目が覚めた瞬間、その苦しかった五年間から皆救われたのよ。貴方がこうして目覚めた。それ以上の喜びはいらないわ。皆、分かってる」 じゃあ、ゆっくり休んでね、と差尻さんが去って行く。 僕が目覚めた瞬間に、全て恩返しができたのかな。 分からない。 けれど、一つだけわかっているのは、僕の周りは優しい人ばかりいる。 それだけが、僕をここに繋ぎ止めてくれているんだ。

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