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第50話
「もう七倍がゆなんですか! 風海さん、若いから回復力半端ないっす。うわー、じゃあリハビリも頑張りましょう」
「あはは。君の方が若いのに。それに、今からシャンプーしてくれるんだよね?」
風海さんは持っていた本を全部読み終わったらしくテーブルの端に重ねて片づけている。
一ミリもずれず、向きもそろっている本は風海さんの性格をよく表しているように思えた。
「します。うっわー。風海さんの髪をタダで触れるの、めっちゃラッキー」
「……征孜くん、気持ち悪いわ。私が代わりにしてあげようか?」
少し眉を怪訝そうにゆがめた差尻さんが、俺のことを引きながらそんな提案をしてしまう。
いくらあいつの婚約者とはいえ、綺麗だと見とれてしまう看護師と俺だ。
風海さんがどちらを選ぶかなんて明白だ。
「いえ。今日は彼に頼みます。ありがとうございます」
お礼を言う風海さんの顔がほころんでいる。
笑うと、花が満開に咲きほこるような、そんな甘い幸せが全身を襲う。
折れそうな、繊細そうな彼は、だからなのか表情や仕草が切なくなるぐらい愛おしい。
「俺、やります。全力でやります! 今から指のストレッチします!」
「本当にいいの? なんか、彼、やばいよ」
「あはは」
それでも嫌そうな顔をしない風海さんは、一度も俺を否定することはなかった。
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