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第51話

頭髪は、ベットでもシャンプーできるんだけど、できたら風海さんには外に意識をもってもらいたいので、シャンプー台まで車椅子で向かった。 途中で手すりがある廊下につくと、彼は立ち上がって踏ん張って数歩歩いた。 五年間ベットに眠っていた彼の筋力の低下は、どうしてもはっきりと体に出ている。 それでもきっと一か月もしないで歩行はできるようになりそうだった。 「征孜くんは……」 「え。はい!」 「君は、お日様の匂いがするよね」  クスクス笑いながら、一歩、また一歩歩いている。  お日様、か。そういえば今日はご年配の方の歩行のリハビリで数時間庭に出ていた。  終わってすぐ駆け付けて、眠ってしまったけど。 「えっと、すいません。香水とかお洒落なものはつけてなくて」 「なんで。僕は好きだよ。お日様の匂い。君にピッタリだし。それに昨日は、君、目をこうかっ開いて僕を監視して寝不足だったでしょ」 両手で自分の左右の目をパッと上下に広げて、昨夜の俺を再現してくる。 あなた、腕を骨折してるのですが……。 おかげで手すりを離した風海さんは、案の定ふらついた。 「もー、急に手を離さないでください。それに、好きな人が隣にいて眠れるわけないじゃないですか」 「僕の監視でしょ。ごめんね、……昨日は」 「貴方が謝るたびに、俺はあいつを殴ります」 謝る必要は、一ミリも一ミクロンも、一塵もない。 「優しいね。君は」 大人しく車椅子に戻った風海さんは、少しだけ寂しそうだった。 でも俺は知ってる。優しいだけじゃ、貴方を救えやしないし、貴方は好きになってくれない。 貴方が好きなのに、伝わらない。苦しいんだ。 「さっき差尻さんが引いてましたよ。優しいだけの男ではないです、俺」 「あはは。そうなの?」 「眠っていた期間、差尻さんとか看護師が貴方の体を拭いたり髪を洗う時、仁王立ちで監視していました」 「は!? まって! 僕の体、看護師さんたちが洗ってたの?」 途端に顔が真っ赤になって、すぐに真っ青になった。 女性に見られたとかそんなの問題じゃない。 それに体毛は薄いのか、髭が伸びたらあいつが剃ろうとしていたのは黙ってるし。 「院長が俺の頭をスリッパで叩くまで、俺は仁王立ちで立ち続けました。看護師の、寝たりきりの人への虐待が偶々ニュースで見ていたので。俺はそんなやつです。優しいだけじゃなく、頭がおかしいです」

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