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第73話

夢を見た。 あの事故の日の夢だった。 『――俺は別に』 海で遼が水上バイクのエンジンを点検しながら言う。 『別に俺は、お前と別れてもいいけど』 嫌だ、と思った。僕は別れたくないと叫んだ。 しがみついたら、試していた遼が僕を抱きしめてキスしてくれた。 『じゃあ、俺を信用しろよ』  そのまま遼は僕を抱きしめながら、仲直りのエッチしようかってご機嫌を取ろうとしてくれた。  おかしいよね。セックスなんて、もう遼を繫ぎ止めるだけの行為で僕自身は別にしたいわけじゃなかったのに。  ああ――。  僕は我儘だったな。彼が好きなだけだったのに。恋人になってくれてからずっと。  ずっと。  遼は僕のものだって、誰にも触れてほしくないって、どこかで思って、必死だったんだろうな。 『――別れよう』 まるで映画を見ているかのようだった。 『別れよう。君を縛り付けて、苦しめてるのは僕なんだろう』 別れよう。別れて。他人に戻ろう。 他人事のように僕は、僕が言った言葉を聞いていた。 あの日。 僕は海辺で水上バイクに乗せてもらうときに喧嘩をしたんだ。 もう少し隠してくれたらいいのにそうしたら、見ない振りできたのに。 日々、遼から女性と浮気している痕跡が見えるようになっていって――。 『もういい。やっぱり、もういい。別れよう』 『落ち着けよ、一旦止めるから、もう一回話し合おうぜ』 遼の口ぶりからして、別れるつもりはないんだなって分かって安堵したのと絶望したんだ。 彼はこれからも僕を抱きながら女性も抱くつもりだ。 『ねえ、遼。悪いけど――』 僕はあの時、何を言ったんだっけ? 僕が何か言ったから、――だからぶつかったんだ。 遼に突き飛ばされながら、僕は何で泣いていたんだっけ。

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