74 / 138

第74話

思い出せない過去は、微睡み深く深く海の底に突き落として隠してしまう。 僕が何か言った直後だ。 遼が僕を突き飛ばしたのは、僕が何かを言ったからだった。 「風海さん、風海さん」 カッと目を見開くと、僕を差尻さんと征孜くんが覗き込んでいた。 「魘されていたけど、怖い夢でも見ましたか?」 征孜くんが僕の額の汗をぬぐった。 差尻さんは点滴を入れ替えに来たらしい。  てっきり抜くかと思ったのにしばらく点滴は続くのかな。 「いや、うん。どうなんだろう。忘れたけど、怖い夢かも」 背中がびっしょり濡れていて、驚いた。 手も握りしめていたようで手のひらに爪の痕が残っている。 「怖い夢を見たのでしたら、俺が隣で眠りましょうか」 「いや、それはいいです」  遠慮します、というとそのまま差尻さんに首根っこを掴まれて引きずられていった。 「あ、トイレの補助がいる時は言ってください。起き上がるの無理でしょ。点滴してるから近くなると思いますよ」 にっこりと差尻さんが言ってくださったけど、女性にトイレの補助はちょっと。 でも確かに左右、骨折に点滴。 おまけにまだ上手く歩けない。 「ふふふ。風海さん、俺。俺がいますよ」 その笑顔は、もちろん作業療法士としての笑顔だったのだけれど、彼が一番嫌だった。 「あの、今、お願いしてもいいですか?」 せめて彼がいるときにさっさと終わらせておこう。

ともだちにシェアしよう!