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第83話

「……あのう」 井田さんが言いにくそうに言葉を濁す。 その様子に首を傾げたら、頬を赤められて横を向かれた。 ああー。この人はまだ僕を異性として意識してくれてる。 僕は彼女の恋愛対象なんだ。嬉しいような、少し空しいような。 こんなに可愛い子なら、周りから祝福されていただろうな。 遼とも親友のままで、奥さんがお互い看護師で共通点が多くて、きっとずっと長くそばにいられた。 友達の方が苦しくなかったに違いない。 「どうしました? 僕になにか」 にこっと微笑むと、何故か辛そうに言う。 「遼くん、偶にこっそりあなたを見に来てます。婚約者の迎えと銘打って、たぶん征孜さんが大切なんじゃないでしょか」 「大切……」 「あ、いや、変な言い方じゃなくて、ずっと友達だったからしかも自分のせいだしきっと不安なんじゃないかなって」 「ああ。そうか。そうだよね。うん。ありがとう」 でも僕は、会いたくない。会ったら前を向いて生きていきたいのに邪魔だから。 お互いの存在が。 「では消灯時間に頼みます」 「……分かりました」 僕の曖昧な返事にまだ何か言いたそうだったけど、私情を挟まないって言ったのは本気だったようで、それ以上は何も言わなかった。

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