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第85話

「誰」 確認するより早く彼は僕の腕を掴んだ。 そして上体を起こしてから驚いたように目を見開く。 「風海さん」 「寝てないんだね」 バツが悪そうに視線を泳がす彼の、僕の腕をつかんだ手を、骨折している方の手で掴む。 すると、飛び上がってそれを止めさせようと彼ももう一方の手で僕の手を掴む。 「……寝てないんでしょ」 「横になっていたら、寝てなくても疲れは取れるんです」 「僕のせいだね?」 彼の手を掴んだまま隣に座る。 彼もあきらめたように座って顔をくしゃくしゃにさせた。 「格好悪いっすよね。風海さんはちゃんと前に進んでるって分かってるんすが」 ずるずると椅子の背に倒れながら、言いにくそうに下を向く。 「これから車椅子じゃなくても歩けるようになったら、貴方は簡単に逃げ出せるかもしれない。……次は間に合わないかもしれない」 「征孜くん」 「ごめんなさい。俺、実は、あの時、すっごく怖くて、間に合わなかったらってちょっぴりトラウマでさ」 情けないな、って笑う彼が、だんだんぼやけてきた。 彼は真っすぐで悩みもなくて、強い子だと思っていたけど違う。 彼だってもろくて怖い部分もある。 痛いほどわかるよ。大切なものを無くす痛み。 同時に君が僕を大切に思ってくれていることも。 ぼやけて滲んだ視界の先の彼は、僕の知っている誰よりも綺麗で、弱くて、そして優しい。 「ごめんね、ありがとう。征孜くん」

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