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第96話
「あ、遼おじさん」
「――っ」
まさか。
このタイミングで、か。
一文字くんが走って向かった先には、白いコートを翻す遼の姿。
遼は、一文字くんを抱きかかえると口元を綻ばせる。
「仕事場に来たら駄目だろ」
「僕が兄の忘れ物を届けたんです。狼の尻尾」
あれ、狼だったんだ。
てっきり犬かと思っていた。普段、犬みたいに人懐っこかったし。
征孜くんの顔を思い出して笑ってしまった僕に、遼の視線が突き刺さった。
「よお」
「……」
もう会わないって言わなかったっけ。
井田さんと一文字くんの前でそんな冷たい言葉を投げることもできずに、曖昧に頷く。
でも一文字くんを抱きかかえていた手に、指輪が消えているのを見て血の気が引く。
「……君」
「ん? ああ」
一文字くんを下した後、遼は自分の指を擦って見せてきた。
「指輪は返した」
「遼!」
井田さんと一文字くんは訳も分からずに僕と遼を交互に見ている。
分かるはずない。誰にも言っていなかった僕たちの関係を、二人は知らないのだから当たり前だ。
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