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第97話
「ちょっとだけ遼と話してから行く。二人は先に行っていて」
「……分かりました」
井田さんはたぶん、リハビリ室へ車椅子を取りに行った。
一文字くんはどうしていいか迷った後、どこかへ走っていった。
彼には申し訳なかったけど、僕は遼を睨みつける。
「どういうつもりだ。君には勿体ないほどの女性じゃないか」
「迷ってるってちゃんと説明した。あいつが五年間支えてくれたのは感謝してんだ」
窓の外を見る。目を細めて海を見る彼は、どこか憂いを帯びている。
海。
僕たちを引き裂いた事件の原拠でもあるのに。
「俺はやっぱお前が誰かを好きになると思うと、嫉妬でおかしくなってしまいそうだ」
「……自分勝手だね」
笑ってしまいそうだよ、と震える声で牽制しても、彼には見透かされている。
「征孜は」
遼から、彼の名前を聞くとは思わなかった。
「征孜は、俺とお前が付き合っていた時からお前を諦めていなかった。だから分かる。お前は絶対にこのままあいつと一緒にいたら、好きになってしまうって」
「何も知らないくせに、勝手なことを言わないでほしい」
「分かるよ。あんなにお前のことを思っている。征孜を好きにならないわけ、ねえんだよ」
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