97 / 138

第97話

「ちょっとだけ遼と話してから行く。二人は先に行っていて」 「……分かりました」 井田さんはたぶん、リハビリ室へ車椅子を取りに行った。 一文字くんはどうしていいか迷った後、どこかへ走っていった。 彼には申し訳なかったけど、僕は遼を睨みつける。 「どういうつもりだ。君には勿体ないほどの女性じゃないか」 「迷ってるってちゃんと説明した。あいつが五年間支えてくれたのは感謝してんだ」 窓の外を見る。目を細めて海を見る彼は、どこか憂いを帯びている。 海。 僕たちを引き裂いた事件の原拠でもあるのに。 「俺はやっぱお前が誰かを好きになると思うと、嫉妬でおかしくなってしまいそうだ」 「……自分勝手だね」 笑ってしまいそうだよ、と震える声で牽制しても、彼には見透かされている。 「征孜は」 遼から、彼の名前を聞くとは思わなかった。 「征孜は、俺とお前が付き合っていた時からお前を諦めていなかった。だから分かる。お前は絶対にこのままあいつと一緒にいたら、好きになってしまうって」 「何も知らないくせに、勝手なことを言わないでほしい」 「分かるよ。あんなにお前のことを思っている。征孜を好きにならないわけ、ねえんだよ」

ともだちにシェアしよう!