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第104話
あの日。
俺はあいつが風海さんを海上へ突き飛ばすのをしっかり見ていた。
でも波が高くて風海さんが何をしていたかは見えていなかった。
だから、一瞬その言葉が嘘ではないかと思いたかった。
「遼は、岩にぶつかろうとした瞬間、僕だけ助けようと突き飛ばしたんだ。僕を突き飛ばしたんだ。遼は――僕のせいで死ぬかもしれなかった。あの時」
あの時、僕は遼を殺そうとしたんだ。
崩れていく風海さんに言葉が見つからない。
確かにあいつは、風海さんのために言わないといった。
俺に、言わないでくれと必死で止めた。
嗚呼、一生言わないでほしかった。
そんな現実を、一生彼に言わないでほしかった。
優しい風海さんは、自分を責める。
そしてあいつのことを、断ち切れなくなるのは明白だった。
「ごめん。……ごめん。こんな僕に、君は騙されていた。ごめん」
「騙されたってなんで? 何も騙されてないし」
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