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第106話
いやだ。
おれがいる。
いやだ。
俺がいるんだ。
いやだ。
嫌だった。名前を呼びたくなかった。呼び止めたくなかった。
苦しめるあいつなんて、許せないのに。
「お前、風海さんをこんなに泣かせたまま出ていくのかよ!」
それなのに俺は、窓を開けてアイツに叫んでいた。
「今、震えている風海さんを支えられるのは俺じゃねえだろ。お前だろ!」
悔しいが俺じゃない。嫌だった。認めたくない。
でも、俺じゃ風海さんの震える体を抱きしめても止めてあげることができない。
風海さんが後悔して、風海さんの頭の中にいるのは、学生時代からの恋人のあいつ。
――俺じゃねえんだ。
そして、良い大人が馬鹿みたい。
走って息を切らして、戻ってくるなんて茶番だ。
「すまない。一人の時間が必要かと思った」
「そんな独り善がりの考えが、ずっと風海さんを苦しめてきてんだよ。お前、最低だ」
「……遼」
ふらふらしながら起き上がった風海さんが、コートにしがみつく。
「一緒に院長に言いに行こう。お前の無実を証明しよう」
まるで壊れたゼンマイ人形のように、何度も何度も同じ言葉を言う風海さんを、あいつは簡単に抱きかかえた。
「病室に戻ろう」
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