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第113話

「俺はお前に幸せになってほしいだけなんだ」 髪を撫でていた手を掴まれ、彼の目が僕をとらえる。 「俺は、俺がお前を幸せにしたいと思った。てめえが傷つけてきたくせに都合よすぎだが。征孜じゃなくて、俺がお前を幸せにしたい」 「……」 「俺のことはいい。お前の想像する幸せの先に、俺を描いてくれねえか」 駄目だよ。 君の幸せは、僕じゃない。 僕の幸せの中に、君がいてはだめなんだ。 僕が翻訳家の就職先を見つけ、君がインストラクターの就職が決まり、この先も一緒に居られると思っていたのは過去の話なのに。 彼の指が、ゆっくりと僕の唇に触れた。 優しく労わるように輪郭をなぞる。 いつもならそのまま強引に入って口を開かされていたのに、なぞるだけだった。 「ちゃんとする。ちゃんとするから、けじめをつけ終えたら、 俺を選んでほしい」 苦しかった。好きだった。 辛かった。愛おしかった。 悲しかった。でも離れたくなかった。 でも今は、遼から求められて気づく。 僕が遼を選んだら、この先、彼は今までの僕以上に傷つく。 茨の道だと、目に見えている。家族からも友人からも遠ざけられる。 君はいつも話題の中心で、自信満々に笑っている人だったのに。 「風海――」 恐る恐る抱きしめられた。 唇は触れてなくても、抱きしめられて、僕は抱きしめ返すことも、押し返すこともできなかった。 まるで縋るように、弱弱しく抱きしめてきたから。 好きだから恋人で居たい。 そんな簡単なことができなくなったのは、僕たちがもう大人になった証でもあった。

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