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第83話

辰崎さんの麗しい低い声はずっと聞いていたいけど、正直に言わなくては。 「実は俺、18歳で引きこもってから、お酒は一切飲んだことがなくて」 「それはもったいない。ではお酒の解放感も知らず、ましてや今みたいに不安な気持ちを吐き出せずにいるとは」 なぜか立ち上がった辰崎さんは、冷蔵庫から冷やしたグラスを取り出してくる。 というか、なんで冷やしてるのだろうか。 「口に出せない不安も、お酒の力を借りたら言える場合がありますよ」 「そういわれても」 「……大変、気持ちよくなりたいでしょう?」 誘惑だ。ああ、できれば俺は辰崎さんに気持ちよくなってほしいのに。 「わ、分かりました。でも少量です。舐める程度です」 「それで満足できるかな?」 「……そんなに、凄いんですか?」 ワインの栓を抜きながら、辰崎さんは唇を舐めると数秒溜めて答えた。 「すんごいです、よ」 ああん。声で犯される。誘惑に負けて俺は、ほんの少し、たった一口のワインに口をつけたのだった。

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