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第103話
襖の向こうで、ワインの香りを嗅いでいる辰崎さんに、俺は寝るのでいいタイミングで帰るように告げる。
親指をぐっと突き上げて、分かってくれたようなので、俺は嬉々として和葉さんの布団の中に潜り込んだ。
お酒で酔っている和葉さんは、いつもより体温が高い気がする。
「なあ、あっくん。家じゅう探索したけど、手術室が見つからなかった」
「手術室?」
「……うん」
お医者さんごっこように、手術室を作れってことかな?
「俺を出荷するはずなのに、この家、怖い部屋がないな」
「出荷なんてしませんよってば」
「ああ、贈呈か」
涙を流す和葉さんは、それ以上言わず向こうを向く。
「和葉さん、何が不安なんですか? 何が怖いんですか?」
引き寄せて腕の中に捉え、頭に鼻を押し付けて尋ねる。
「……誰だって、日常だと思っていた幸せの中、自分が見落としていただけで不幸が溢れてるって知ったら怖いだろ」
こちらを見ないけれど、抱きしめた腕に、目を摺り寄せて涙を拭いている。
「高校の時、俺は見逃してた。だから、この日常の中でも見落とさないように不幸を探してる。気づくより自分で探したほうが、傷つかないんだよ」
そんなトラウマが、……あるんですか?
聞こうとして口が動かない。酔っている相手に、一番心の奥の傷を見せてもらうのはずるい気がして口が動かない。
でも和葉さんはネガティブではないよ。自分を守るために、そう考えるしかないんだ。
「和葉さん、これだけは信じて。俺が誰よりも和葉さんが大切で、貴方の心をちゃんと見たいってこと」
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