3 / 35
不審者 #1
お母さんが言った『明日』を、僕は何日も待ち続けた。しかし、その『明日』は来なかった。スタッフの間でも、お母さんが現れないことが話題になった。
「毎日来る人が来ないとちょっと心配だよね。ご高齢だしさ。病気とかじゃないと良いんだけど…」
店長の言葉にその場にいたスタッフが賛同した。
「そうですね。他の店の杏仁豆腐にハマっただけなら…良いですけどね。」
僕は店長にそう返し、スタッフもそれに頷いた。
僕にとって人生の転機となったその日のシフトは、平日夜勤だった。夜中の1時も過ぎると、この辺りでは客はほとんど来ない。そろそろ店内清掃を始めようかという頃、同じく夜勤に入っていた吉田が小声で僕を呼んだ。
「おい!おい!」
「どうした?」
「あれ、見てみろよ。警察呼んだ方が良くね?」
吉田がこっそり指し示した先には、ガラス越しに店内の様子を物色する男性の姿があった。しかもガラスにへばり付きながら。
「確実にヤバいだろ?あれ。」
「うん。不審者扱いで良いかも。」
「俺、通報するわ。」
「了解。」
吉田が電話に手を掛けた時、外にいる男性と目が合った。その瞬間、男性は頬を朱に染めた。
えっ?
短時間にどんどん赤面しく。そんなに恥ずかしいのならば逃げれば良いものを、その人はその場にずっと立っていた。言葉にするなら、『動くことが出来ず、立ちすくんでいる』がピッタリだった。
「あっ、ちょっと待って!」
「何だよ。」
「ちょっと声掛けてくるよ。」
「えーっ?!マジかよ?絶対ヤバいって!」
「不審者の可能性が高いけど…何か困っているだけなのかも。」
「それだったら、店に入ってくれば良いだけだろ?」
「そうだけど…とにかくちょっと話してみるよ。ヤバそうだったら左耳を触る。そうしたら、通報して。」
「分かった。気をつけろよ。」
心配そうな吉田の声を背に、僕は男性に近づいて行った。
ともだちにシェアしよう!