5 / 35
不審者 #3
入店した男性は、まるでテーマパークに初めて連れて来てもらった子供の様に瞳を輝かせ、キョロキョロ店内を見渡した。よく見れば不審者どころか、品位すら感じる端正な顔立ちの人で、ただその場に佇んでいるだけでも絵になるような人だった。横顔が特に美しい。
「お腹が空いているなら、まずはお弁当かおにぎりですね。こんな時間ですから、そんなに数はありませんけど。」
弁当売り場に連れて行くと、男性は一瞥しただけで、僕に言う。
「どれも美味しそうなんだが…冷えたままでも美味しい物を選んでくれないか?」
「えっ?」
「だから、冷えたままでも美味しい物を…」
「冷えたままでも食べられなくはない物もありますけど、温めたほうが美味しいですよ。規定の時間、レンジでそのままチンするだけてすし。」
「その術を知らない。」
「えっ?」
「だから、生憎、私はその術を知らないんだ。」
「レンジ、使ったことないんですか?」
「そうだ。」
「えーっ?!」
背後から吉田の驚きの声が聞こえた。
「なっ…そんなに驚くことか?」
「大変申し訳ございません。」
僕が代わりに謝ると、
「いや、いい。そんな風に言われるのは…もう慣れている。」
男性は少し翳りを見せた。翳りのある横顔もやっぱり美しい。
「よし、これでいい。」
そう言って男性が手にしたのは、ミニサイズの焼き鯖弁当だった。
「こんな時間に食すのだから、きっとこのサイズが妥当だろう。」
男性は吉田に弁当を渡し、会計を済ませ、最後に僕に礼を述べた。
「待ってください!」
出ていこうとする男性を僕は制した。
「何だ。」
「今買ったお弁当、出してください。」
「何故?」
「うちの店はセルフレンジなんですけど、僕があなたの代わりにお弁当温めます。さぁ。」
男性はしずしずとお弁当を差し出した。二人でレンジの前に並び、温められているお弁当を見つめていた。すると、男性が口を開いた。
「本当だったな。」
「何がです?」
「母が…生前……困ったことがあったら、この店へ行くと良いと言っていたんだ…」
「えっ?」
「ここには困っている人を助けてくれる人がいるからと。」
「生前って…亡くなったんですか?お母様。」
「ああ。10日前だ。」
「それは…ご愁傷さまでした。お母様はこの店によくいらしてくださったんですか?」
「詳しくは知らないがそのようだ。一日のうち、必ずどこかで、この店の杏仁豆腐が出された。食後だったり、ティータイムだったり。そうだ!杏仁豆腐はあるか?たまには仏前に備えてやろう。」
「杏仁豆腐?ちょっと待ってください…あなたは…高台の洋館にお住まいの…香月さん…ですか?」
「何故、君は私の名を知っている?」
突然、目の前が真っ暗になった。
あの時、『また明日』と笑顔で別れたあの人が…
亡くなった?嘘だろう?
加熱終了を告げるレンジの音が何度も店内に響く。しかし、僕はあまりの衝撃で、男性を見つめたまま、その場から動くことが出来なかった。
ともだちにシェアしよう!