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おかしな人 #1

6日後、僕は香月家を訪ねた。線香と杏仁豆腐を手に。呼び鈴を押すと、達彦さんは袖を数回折り返した桜色のシャツに白のパンツという少しラフな出で立ちで現れた。ちょっとキザっぽいそんな服装も、達彦さんが着ると何だか品位すら感じた。 「すみません。休日に。」 「いや、構わない。母も喜ぶだろう。それと…申し訳ないのだが、母が亡くなって以来、家の中が煩雑気味だ。散らかっているが許して欲しい。」 「お線香を手向けたら、直ぐに帰りますので…」 広い玄関を入ってすぐ右手の引き戸の部屋へ通された。洋式の外観や玄関から全く想像出来なかったが、そこは和室で大きな仏壇があった。そこにはお母さんの骨壷と位牌、写真や花などが置かれていた。まだ木製の位牌を見れば、亡くなった日は、やはりあの日の翌日だった。 「そっ、そんな…」 それ切り何の言葉も出てこなかった。その代わりに涙が出た。そんな僕を見て、達彦さんは尋ねる。 「何故泣く?」 「何故って…好きだった人が亡くなったら、泣くでしょう?あなただって。」 「それは…そうなんだろうが…80近い婆さんだぞ?」 「はぁ?」 「母は78だった。君の恋愛的嗜好も大概だな。」 真顔で言う達彦さんに呆気に取られ、涙もどこかへ消えた。そんな僕を見て、達彦さんは小首を傾げた。あまりの子供じみた仕草に僕は思わず吹き出した。 「何がおかしい?」 「あのですね。好きの全てが恋愛対象とは限らないでしょう?」 「なるほど。それはそうだな。」 達彦さんは合点がいったのか、そこで大きく頷いた。僕はまた吹き出した。 「面白い人ですね、あなたは。」 「面白い?何故?」 「それに『何故?』ばかり。あなたが小さい頃、お母様はさぞかし苦労されたことでしょうね。」 「何故?」 「ほらまた!あははは。」 「う〜〜」 「何で君の『何で?』は無限に続きますからね。」 「そっ、そんなことより君、この後の予定はあるか?」 「特に。今日は休みなので、スーパーでも寄って帰ろうか考えています。」 「スーパー?な…」 何故?と言いかけ、達彦さんは慌てて口をつぐんだ。 「あははは。食材を買うんです。自炊派なんで。」 「そっ、そうか。まぁ、そんなに急ぎでなかったら…茶でも飲んでいきたまえよ。」 「お茶?淹れられるんですか?」   「バカにするな!茶ぐらい淹れられる。」 「あははは。お誘いありがとうございます。じゃあ…ご馳走になります。その前にお線香、手向けさせてください。」 僕は達彦さんに一礼し、仏壇に手を合わせた。

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