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わがままな人 #1

「お風呂先に頂きました。ありがとうございました。洗濯をしなくてはいけないとはいえ、先に頂いてしまってすみません。」 風呂から上がり、自室で資料を読んでいた達彦さんに非礼を侘びた。 「構わない。あの風呂をきれいにしてくれたのは君だ。ならば、君に権利がある。」 振り向きざまにそう言った達彦さんは、僕を見るなり唖然とした。 「いや、これはどうしたものか…まさか、ここまでとは。」 「はぁ…すみません。」 達彦さんから借りたシルクのパジャマは、かなり着心地が悪い。理由はニつ。一つは着慣れていないこと。もう一つは丈も袖も短いから。いわゆる、つんつるてん状態。 「背は大して変わらないのにな。今の若者は手足が長い。」 「はぁ…」 「では、明日デパートで一つ大きいサイズを買って来るとしよう。いや、パジャマだけじゃない。生活していく上で必要な物を買って来るとしよう。」 「えっ?」 「早朝勤務の前日はここに泊まって、ここから通うと良い。」 「でも……」 僕にとっては嬉しい申し出だった。今にも『はい』と言ってしまいたい。しかし、僕は迷っていた。これは単純に僕を気遣っての申し出だろう。僕の中で芽生えたばかりの淡い思いと達彦さんの言葉の質はきっと違う。もしかしたら、達彦さん自身の利益を追求するための申し出かもしれない。色々な思いが交錯して、言葉が出て来ない。どうしたら良いか分からなくて達彦さんを見れば、達彦さんは何故か徐々に顔を赤面させていき、それから、深呼吸を何回か繰り返し、口を開いた。 「千秋君。」 「はい。」 「君はよく知っていると思うが…私はわがままな男だ。これから私が言うことを不快だと感じたら…『またわがままを言って…』と聞き流して欲しい。私の今の心の状態はカオスそのものだ。こんなことは初めてで、正直、非常に戸惑っている。それでも、一つ明確に分かっていることは、私は…君がいつもいてくれる家に帰りたいと思っている。君がいつでも『おかえり』と出迎えてくれる家に帰りたい。それは…やはり、わがままなのだろうか?」 「達彦さん…」 「本当は早朝勤務の前日だけじゃなく、君にはいつもそばにいて欲しいと願っている。やはり、それはわがままだな。今まで他人にこんなこと思ったこともなく、考えたこともない。母を亡くして少なからず、混乱しているのだろう。私はどうかしている。変なことを言って、本当にすまない。」 達彦さんは肩を落とし、すっかり悄気ていた。抱きしめたいと手を伸ばそうとした瞬間、ふと気が付いた。 あれ?今…すごいことサラリと言われた様な…

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