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献立と恋の公式
達彦さんの気落ちは、声を掛けるのも憚れるほど。
えっ?ちょっと待って!
さらりと言ったけど…これって…
これって…愛の告白じゃないの?
でも、相手はあの達彦さんだ。
自分が愛の告白をしたなんて、微塵も思っていないかもしれない。
「あっ、あの…達彦さん?」
「何だ?」
「それって…変なことではありません。僕が思うに、それは、いわゆる『恋に落ちた』というのではないでしょうか?」
「恋に…落ち…た?」
「ええ。恋をすれば、その人と長い時間一緒にいたいと思うのは当然です。わがままの類いとは、ちょっと違うと思います。」
「これは私のわがままじゃない…これは恋…そうだったのか…これは…恋…そうか!これが『恋』なのか!」
達彦さんはまるで子供のように無邪気に喜んでいた。そんな姿が本当に愛おしい。だけど、世俗的なことに全く疎い彼は、恐らくその先の現実が分かっていない。
「あの…お喜びのところ大変恐縮ですが、自分から言っておいてなんですけど…訂正とか、反論とかしないんですか?」
「訂正?反論?何故?」
「だって…女性ならともかく、僕、男ですし…」
「そんなの知っている。それがどうした?」
「達彦さんも男性、僕も男性…ということは…僕達は同性です。」
「当たり前だ。」
「ということは…まぁ、そういう時代が来れば話は別ですが、今の時代では、僕達はマイノリティーのど真ん中にいる、ということになります。」
「何だそんなことを考えていたのか。よく考えたまえ。恋に落ちて、それをわざわざ世間に公表する必要がどこにある?世間が私の恋を知ろうが、知らるまいが関係ない。私は君に恋をした。これは紛れもない事実。恋をしてしまったのならそれは仕方がない。私の歩んできた人生の中で、君が一番だった。それだけの話だ。」
「達彦さんらしいですね。好きですよ。そういうところ。そうだ!明日の夕食は達彦さんが好きな魚の煮付にしましょう。明後日は餃子、その次の日は…」
「ちょっと待ってくれたまえ!千秋君。夕食の献立と恋に何の関係が…」
「もう鈍いですね。でも、そういうところも好きです。」
「う〜ん…分からん。恋とは難解なものだな。公式で導ければ良いのに。」
「恋に公式なんて…達彦さんは本当に面白い事ばかり言いますね。残念ながら公式は存在しないので、代わりに僕が教えます。」
そのまま達彦さんの背中に手を回し、キスをした。今度は唇に。唇に触れるだけのキスを10秒ほど。そして、達彦さんから離れると、達彦さんは瞬きを繰り返しながら僕を見ていた。
「僕は明日から毎日、あなたのためにあなたの好物を作り、それらと一緒にあなたの帰りを待とうと考えています。それはつまり、あなたの望み通り、僕は常にこの家にいるということです。あなたは僕の顔を見ながら、好物を食します。あなたはきっとそれを嬉しいと思ってくれるはず。あなたが嬉しいと僕も嬉しい。つまり、そういうことです。」
「千秋君!」
「それと、明日はデパートに行かなくて結構です。」
「何故?」
「それより、早く帰って来てください。生活に必要な物は、明日一旦自宅の方へ戻って、必要最低限だけ持って、またここに帰って来ます。だから、真っ直ぐ帰って来てください。僕は一分一秒でも早く達彦さんに会いたいてすから。」
「ならば、これを。」
達彦さんは引き出しから何かを取り出し、僕に手渡した。
「この家の鍵だ。今日からこれは君の物だ。」
「達彦さん!」
僕は嬉しさのあまり、達彦さんに飛びづいた。達彦さんは僕をしっかりと受け止め、耳元で
「ありがとう。千秋君。」
と囁いた。
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