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初めての… #1

初めてのケンカは、僕が合鍵をもらってからおおよそ、ひと月後のことだった。達彦さんの様子がおかしいと感じたのは、このケンカの1週間前ほど前からで、その辺りから急に連絡もなく遅くに帰宅する様になった。それとなく聞いても、『急な打ち合わせが入った』『会食に誘われた』『資料の整理に追われていた』のどれかを口にした。そして、最後に 「待たずにどうか先に寝ててくれ。」 と付け足し、自室に籠もる。 それでも僕が寝た後で、準備しておいた食事を平らげ、入浴も済ませていた。僕を避けているのは明らかだった。達彦さんに限って浮気はないと思いたい。しかし、達彦さんは世に言うイケメンの部類に入る。たくさんの誘惑があるのも事実だ。大学での様子を聞こうと、達彦さんの助手を長年務めている平田女史に連絡を入れた。達彦さんと僕の関係は誰にも話してはいなかったが、達彦さんの小さな変化にいち早く気が付いた彼女を達彦さんは自宅に招き、僕を紹介した。男の僕を見て、てっきり嫌悪感を表すと思っていた平田女史は、意外にも涙を流した。 『良かったです。先生にやっと素敵な方が見つかって!しかも、お料理上手で、こんなに可愛らしい坊っちゃんだなんて…』 それ以来、平田女史は僕のことを『坊っちゃん』と呼んだ。僕はもう23.歳で、坊っちゃんと呼ばれることに抵抗があったが、本人がそう呼びたいと主張したので、もう放っておくことにした。 彼女に通話を続ける許可をもらい、達彦さんには内緒の約束を取り付け、僕は本題に入った。 「お仕事中すみません。昨日の会食の件なんですけど…」 『会食?』 「ええ。何でも教授会の会食があったとか…」 『さて?そんなのあったかしら?』 「先生は昨日、何時頃大学を出ましたか?」 『昨日は18時頃だったかしら?』 「えっ?」 昨日、達彦さんが帰宅したのは23.時を過ぎた頃で、18:時に大学を出たのなら、寄り道をしなければ19時には家に到着しているはずだ。 『もしもし?坊っちゃん?』 「あっ、ごめんなさい…あの……大学での先生の様子はどうてすか?」 『どうって…相変わらず残念な感じですよ。変人そのものだし。ホントあの端正な顔が勿体ないぐらい。』 「あははは…相変わらず先生には厳しいですね。平田さんは。」 『お上品に育ったボンボンてすからね。その上、人たらしなところもあって本当に質が悪いです。少し厳しいぐらいが丁度良いんです。それより、坊っちゃん…何かあったんですか?ちょっと元気がないみたいですけれど…』 「いえ、全然元気ですよ。大丈夫です。最近、夜勤続きですれ違ってばかりでしたから、ちょっと献立に困ってしまって…でも、平田さんとお話出来て楽しかったです。また、こちらの方にもいらしてください。」 『ありがとうございます。今度旅行に出掛けるんです。直接お土産をお渡ししに行ってもよろしいですか?先生に渡しても反応がなくてつまらないんです。本当に顔と育ちが良いだけのつまらない男です。』 平田女史の言葉に僕は苦笑いをし、小さな嘘をついたことを心の中で詫び、通話を切った。 はっきりしたのは、会食は嘘だったということだ。それなら、打ち合わせも資料の整理も嘘の可能性が高い。嘘をついてまで僕を避ける理由は一体何なのだろうか…

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