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初めての… #2

「ただいま…」 達彦さんの声はいかにも疲れていて、僕は思わず駆け寄りそうになる。だけど、ここは我慢、我慢。僕は臨戦態勢で玄関に立ち塞がる。右手には外掃き用の竹箒を逆さに持ち、左手には室内用のワイパーを持って。そんな僕を見るなり、達彦さん腰を抜かした。 「わっ!びっくりした!どうした?千秋君?何があった?」 達彦さんは急いで起き上がり、僕の元に駆け寄った。 「今日はどんなご用事で?」 「えっ?ご用事?…ああ…えーっと…今日は資料整理だ。遅くなってすまない。私に構わず、先に寝ていてくれたまえ。」 「それ、嘘ですね!」 「なっ、何を根拠に!」 「今日、平田さんに連絡をしました。」 「えっ?」 「昨日の会食、何をお召し上がりに?」 「えっ?えー…あー…」 「会食などなかったのですから、答えられないのでしょう?」 「そっ…それは…」 「嘘をついてまで家に帰りたくない理由は何てすか?僕を避ける理由は?」 「そんな理由なんて…」 「ないとは言わせません!どこぞで素敵な女性とお知り合いになられましたか?僕が邪魔になりましたか?」 「そんなワケないだろう?君を抜き出る人間などいない!」 「じゃあ!どうして!どうして…避けるの…」 僕はいよいよ我慢出来なくなって、泣き出した。 「落ち着いて!千秋君!わっ、分かった…話をしよう。だから、泣かないでおくれ。そんな物は置いて、ここに座ろう。なっ。」 達彦さんは僕の手から竹箒とワイパーを取り上げると、僕を玄関に置いてある椅子に座らせた。そして、自身は僕の前で立膝をついた。 「悲しい思いをさせてすまなかった。悪気はないんだ。私にとって、君は何にも変え難い唯一無二の人だ。そこは何があっても変わらない。だから、女性なんて心外だ。それだけは信じてくれ。ただ…」 「た…だ?」 「私は…どうやら病気になってしまったようなんだ。」 「えっ?」 「自分でもよく分からないんだ。こういう症状は初めてのことでね。」 「病院は?病院へは行ったんですか?」 「行こうとは思っているのだか、まず、何科を受診したら良いのか分からない。しかも、この症状をドクターにどう説明したら良いのかも分からないんだよ。」 「どんな症状なんですか?頭痛がするとか?お腹が痛いとか?」 「いや…それは……」 「達彦さん!隠さないで!命に関わることだったらどうするの!」 僕の涙はまた溢れ出す。 「わっ、分かった。もう泣かないでおくれ。君の涙には非常に弱い。よし、正直に言おう。だか、君には落ち度はない。妙な誤解や偏見は持たないで欲しい。じっ、実は……ここ数日、君を見ていると、心身ともにムズムズするというか…ソワソワするというか…とにかく落ち着かなくなるんだ。」 「へっ?」 「だから、カフェや書店で時間を潰して、なるべく君に会わない様に努めていたんだ。すまない。」 「な〜んだ。」 「な〜んだって君!君には分からないと思うが、本当に辛いんだそ。一度症状が出始めるとなかなかおさまらないし…」 「分かりますよ。僕だって今までなったことはありますし。」 「本当か?」 「ええ、大丈夫です。その症状は今夜には治まります。今後、またちょくちょく出ると思いますが、その都度、僕が治します。」 「ちょっと待ってくれたまえ!まだ病院にも行ってないんだそ?ドクターの見解も分からんのに、何故、君に分かる?」 「じゃあ、今夜試してみましょう。達彦さんはお風呂に入って来てください。その間、僕が治療の準備をしますから…あっ、それと、今日はパジャマではなく、バスローブを着てください。そっちの方が簡単なんで。」 達彦さんは怪訝な表情のまま、バスルームへ消えた。僕は咄嗟に頭の中でカレンダーを思い浮かべる。 「よし!明日は二人共休みだ!良かった〜治療が今日で。あっ、でも…達彦さんは、もしかしたら初めての治療かも…」 深刻に悩む達彦をよそに、僕は緊張しつつも、ちょっとわくわくしていた。 達彦さんが初めて、別世界の扉を開けるんだ…

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