19 / 35

山室千秋 #1 side T

高山さんから聞いた千秋の話はかなり衝撃的だった。 高山さんは千秋より6歳年長で、千秋が孤児院に来た日のことを鮮明に覚えていた。もうすぐ冬を迎えようという11月のある夜、赤ちゃんの泣き声がするという通報で、孤児院の門の前に赤ちゃんが置き去りにされているのが確認された。その赤ちゃんが千秋だった。やはり、彼が言っていたように、所持品は名前と生年月日が書かれたメモだけ。千秋はとても大人しい子だったが、すくすくと元気に育っていった。千秋が5歳になると、一人のおばあさんが頻繁に千秋に面会に来るようになった。その人は山室と名乗り、後に分かるのだが、彼女は千秋の祖母にあたる人だった。祖母の言うことには、母親は千秋を産んで半年後に亡くなり、千秋の祖父母はその死に目には遭えなかったそうだ。叶わぬ恋をし、千秋を身籠った母を祖父は勘当し、それ以来、母は行き方知れずになった。それでも亡くなってから、生活を共にしていたという母の友人から千秋の存在を聞き、孤児院を訪れた。祖母は足繁く孤児院へ通い、千秋との距離を縮めていった。それから話し合いが重ねられ、千秋は山室家に引き取られることになった。別れは辛かったが、千秋の幸せのためと皆で笑顔で見送った。しかし、それから三か月ほど経って、千秋が児童相談所の職員と共に孤児院に戻ってきた。夥しいほどの傷や痣とともに。元々大人しい千秋だったが、その頃はほとんど喋らなくなっていて、高山さんはあの頃の千秋は、ひょっとしたら失語症だったのかも知れないと言った。それから半年後、一回目の連れ去り事件が発生した。 「ちょっと待ってください。一回目って、千秋君はそんなに連れ去りに遭遇しているのですか?」 「ええ。大小合わせ、祖父の連れ去りには6回ほど。早くて半日、長くて1週間後に発見されました。いづれも通学中に狙われて…帰ってきた時は、身体中、傷や痣だらけでした。」 「虐待ですか?」 「ええ。全て祖父によるものです。」 「警察へは?」 「行きました。ですが、証拠がありません。子供の千秋の証言だけではどうにも…ひとまず、児童相談所へということになりました。」 「何と卑劣な!うん?祖父の連れ去りはってことは、他にも連れ去りをした人物がいるのですか?」 「ええ。こちらは厳密には別の言い方になるのでしょうが、実の父親には一度。未遂に近い形で終わっていますが、しかし、その後もずっと監視され続けています。」 「父親に監視?何故?」 「こちらも本来は別の言い方になるのでしょうが…実は…千秋の父親は…公人なんです。それも、今、千秋の存在が公にされたら、この国がひっくり返るほどの人物なんです。」 この後、高山さんの話は更に衝撃度を増していった。私の頭では整理がつかない程に。

ともだちにシェアしよう!