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悩める魔王 #2 side H

先生が講義に出向き、研究室は静けさを取り戻した。この後、先生は講義が続く。あの狼狽える魔王の姿が見れないのかと思うと、それはそれでつまらない様なホッとした様な… 着信音が研究室に響いた。ディスプレイには坊ちゃんの名前。 「もしもし?」 『あっ、平田さん?山室です。こんにちは。今、大丈夫ですか?』 「ええ。」 『メール、ありがとうございました。先生がご迷惑お掛けしているみたいで…本当にすみません。』 「全然!なかなか見れないものが見られて、こっちは楽しんでるから平気平気!それよりも坊ちゃんは大丈夫?退院したばかりですもの。先生より坊ちゃんの方が心配よ。」 『すみません。僕は大丈夫です。』 「ケンカでもしたの?先生と…」 『いいえ。そうじゃないんです…僕か全て悪いんです。先生は何も悪くありません。』 「坊ちゃん?坊ちゃんのそういうとこ、嫌いじゃないですよ、私。でも、そういうの先生のためにはならないと思います。喧嘩両成敗じゃないけど、二人の問題なら尚更、どちらかが悪いなんてことないんじゃないかしら?」 『……』 「せっかくの先生が人の情の機微を学ぶチャンスなのに、他ならぬ坊ちゃんがそのチャンスを摘み取ってしまうなんて…」 『すみません…』 「まぁ、私に言わなくても良いですけど、よく話し合った方が良いと思います。今後の二人のためにもね。」 『……そうですね…別に平田さんに話せないことなんてないです。普通だったら、何でもないことなんでしょうけど…僕は孤児院育ちで、あんな風に誰かから真っ直ぐに愛情を注がれたことがないので、時折戸惑ってしまうんです。贅沢な話なんです…本当に。むしろありがたいって思わなくちゃいけないのに。どうしたら良いのか分からなくなってしまって…早く慣れなくてはいけないって、分かってはいるんですけれど…』 なるほど。 相手は無自覚人たらしの先生だ。時間、場所構わず愛の言葉や賛辞の言葉を繰り出しているに違いない。片や人の愛情にあまり触れることなく育った坊ちゃん。それが嬉しい反面、居たたまれなくなるのだろう。今朝、店に逃げ込んだって、そういうことか。確かに先生は何にも悪くない。だからといって、坊ちゃん一人が背負い込むことでもないし、改まって二人で話し合うことでもないのかもしれない。 「分かりました。坊ちゃん、私に任せて!」 『でも…』 「今すぐ解決出来るとは断言できないけれど、それとなく坊ちゃんの気持ちは、先生に伝えておきますね。こういう繊細な問題、先生一人で解決なんて無理無理!伝えてあげないと逆に可哀相よ。」 『そっか…そうですよね…ありがとうございます。平田さん…普段、先生には辛辣ですけれど、本当は先生の一番の理解者なんですね。』 「えーっ!辞めてくださいよ!理解者なんて!腐れ縁ですよ。腐れ縁!あんな顔が良いだけの男。」 『あははは…』 受話口から坊ちゃんの乾いた笑い声が響く。 ありゃりゃ!ちょっと言い過ぎちゃったかな。

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