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悩める魔王 #3 side T
極力音をたてない様に静かに玄関を開け、背中からそっと家に入ると、程なく明かりが付いた。
「達彦さん?」
跳び上がるほど驚いて、振り返れば、そこには千秋が立っていた。
「うわっ!ビックリした!」
「どうしたんです?夜中じゃあるまいし、普通に入ってくれば良いのに…」
「いや、それはそうなんだが…」
「朝のこと…気にされているんですね。ごめんなさい。僕…」
千秋は頭を下げた。
「君は悪くない!」
「でも、達彦さんも悪くありません。」
「いや、私が悪い。配慮に欠けた。だから残念なのだと平田君にこっぴどく叱られたよ。」
「平田さんに?」
「ああ、パンチまで飛んできたぞ。」
「パンチ…ですか?」
「『坊っちゃんの素敵なところを3つ言え』と言うから、『あり過ぎて決められない!外見も内面も彼ほど美しい人間はいない!彼ほどファンタスティックな人間はいない!』と答えただけでだぞ?何とも酷い話だ。」
千秋は頬を朱に染めた。あまりの可愛らしさにキスしたい衝動に駆られる。いや、ここで暴挙に出たら、今度こそ平田君のパンチを見舞うに違いない。ここは我慢、我慢。
「その後で君の気持ちを彼女から教えてもらったよ。なるほどと合点がいった。配慮が足りなかった。本当にすまない。」
「いいえ。平田さん…僕にはこうおっしゃいました。先生は残念な人だけど、残念な分だけ飾ることを知らないし、決して嘘は言わないって。先生が言うことは全て事実だから、思う存分、自惚れなさいって。」
「そうだ!平田君もたまには良いことを言うな。しかし、残念は余計だ。彼女は私を何だと思ってるんだ!」
千秋は微笑む。その姿はやはりとても美しい。またもやキスしたい衝動に駆られる。
いやいや、我慢、我慢。
「平田さんはそうおっしゃったけれど、僕は自惚れません。ずっと達彦さんに愛されたい。だから精進します。生涯、あなたから愛の言葉も囁きも頂けるように。そして、あなたに負けないぐらい、僕も愛の言葉を囁きます。」
「千秋君!君は何て素晴らしいんだ!愛おしい!私の可愛い人!近くに来ておくれ!そしてキスを!」
「まだ、ダメです。」
「何故?」
「まずは食事にしましょう。今日はお食事を先にして頂けますか?その後にお風呂。それでお願いします。」
「それはもちろん構わないのだが…しかし、珍しいな。いつもは入浴してから食事なのに…何故だね?」
「先に食事なら、後でご一緒出来るでしょう?お風呂…」
「えっ?一緒に?何故?」
「もぉ…察してください!」
千秋は勢いよく私に抱きつくと、少し乱暴気味にキスをした。
「あっ!なるほど!そういうことか!」
「……」
「『食事が先』はいつでも大歓迎だぞ!千秋君!」
「バカ…」
瞳を潤ませ、赤面しながら少し恥じらう千秋は、この上なく色香を放ち、この上なく可愛らしい。
「千秋君!限界だ!もう我慢出来ん!体もキスも愛の囁きも!とっとと食事を済ませるぞ!」
私は千秋を横抱きにし、バタバタとダイニングへ急いだ。
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