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ため息 #1 side C

その日、達彦さんは朝からため息ばかり。 「はぁ……」 「達彦さん?」 「……」 「達彦さん?」 「うっ、うん?何だね?千秋君。」 「そんなにお嫌でしたら、お辞めになったらいかがです?僕は大丈夫ですから…」 「いや、大丈夫だ。それに、君もずっと楽しみにしていただろ?」 「ええ。でも…達彦さん、あまり気が乗らないみたいですし…」 「ヤツには会いたくないが、ヤツの御母堂様には会わなくてはならん。」 「どうしてです?」 「さぁ。ヤツの秘書曰く、彼女が私に会いたがっているらしい。」 「お母様が?」 「ああ、確か御母堂様は私の母より年長だったはず。思うところもあるのだろう。何よりヤツのご両親には幼少の頃、とても可愛がってもらったんだ。その彼女の願いならば行かねばならん。」 達彦さんはお母様を亡くされたばかり。中田氏のお母様とご自分のお母様を重ねているのかもしれない。 「でも、驚きました。達彦さんがピアニストの中田新平と友達だなんて。」 「千秋君!再度言っておくが、断じてヤツとは友達ではないぞ!」 「はい、そうでしたね。でも…本当に夢みたいです。ピアノリサイタルに行けるなんて。しかも、スーツまで仕立ててくださって…僕、初めてなんです…スーツ。とても嬉しいです。」 「とてもよく似合ってる。君は美しいからな。何でもさまになる。」 「達彦さんほどではありません。」 「君がこんなに喜んでいるのだ。私も腹を括るとしよう。そろそろ出掛けようか。」 「はい。でも…中田氏の何がそんなに達彦さんのお顔を曇らせるのです?」 「会えば分かる。それよりも君!向こうでは私の側を離れてはいけないよ。分かったね?」 「ええ…」 達彦さんの元に届いたピアノリサイタルの招待状。送り主は有名ピアニストの中田新平氏。聞けば二人は幼稚園からの仲らしい。達彦さんは元々行かないつもりだったけれど、僕がピアノリサイタルに行ったことがないと漏らしたことと、後日掛かってきた、中田氏の秘書からの来場を促す電話で、達彦さんは行かざる負えなくなっていた。 達彦さんは中田氏と会いたくないみたい。どうしてなのかな…

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