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沈黙 #2 side C
コンコン。
ノックをしたものの、中からは返事はない。
「達彦さん…入りますね。」
ひと声掛けて彼の書斎に入ると、達彦さんは仮眠用ベットで布団を被り丸まっていた。
「やはりここでしたか。」
「……」
「皆さん、お帰りになりましたよ。」
僕はベットの端に座り、布団の上から彼の体を撫でた。
「そうか…見送ってくれて…ありがとう。」
布団越しにくぐもるように彼の声が聞こえた。
「達彦さん、お顔を見せて。」
「……」
「布団から出て来ないと絶交しますよ。」
達彦さんはガバっと勢いよく布団から這い出した。あまりにも子供じみていて、僕は思わず微笑んだ。
「なぁ…千秋君…さっ」
達彦さんが何か言いかけたところで、キスで唇を塞ぐ。そして、そっと唇から離れると、達彦さんは何とも言い難い切ない表情で僕を見た。
「なんて顔してるんです?」
頬をひと撫ですると、今度は苦しそうに瞳を閉じた。
「達彦さん?僕を見て。」
達彦さんは観念したようにゆっくりと瞳を開いた。僕を見つめるその瞳は、やはりこの上なく切ない。
「僕って、そんなに信用ないですか?」
「しん…よう?」
「ええ。だってそうでしょう?普段の僕を見ていれば、僕にとって何が最善かすぐに分かるはずなのに。新平の挑発を真に受けるなんて…」
「それは…」
「新平さんは僕個人に興味があるのではなく、あなたの恋人である僕に興味があるだけです。」
「えっ?」
「新平さんは達彦さんのことが大好きなんです。もちろん恋愛対象ではありません。恐らく友達として、もしくはライバルなのかもしれません。とにかく達彦さんにかまって欲しいだけなんです。」
「そうなのか?」
「そうですよ。だからいつもあんな憎まれ口を叩くのです。大きい子供なんです。それなのに…」
「アイツの話を聞いて…多少なりとも正論なんじゃないかって思ったんだ。アイツの言う通り、海外へ行けば君には何の縛りもない。アイツの演奏旅行に同行すれば、本当の自由を得て、身も心も解放されるのではないか?さすれば、体調も自ずと快方向かうのではないか?それが何よりの君の幸せなのではないか?私は君の事情を利用して、君を縛りつけているのではないか…そんなことを考えてしまったのだよ。」
「達彦さん…普段は自信に満ちているのに、僕が関わると、とたんにご自分に自信がなくなるの…悪いクセですよ。」
「千秋君…」
「あなたと寝食を共にし、喜びを分かち合う。一緒に季節を愛で、あなたの隣で毎年ひとつづつ歳を重ねる…これ以上の幸せはどこにあるのでしょう?あなたの隣にいて、はじめて僕の幸せは完成するのです。誰が何と言おうと、これだけは変わりません。僕が今言ったこと、絶対に忘れないでくださいね。」
「千秋…」
達彦さんの瞳はすっかり潤んでいた。だけど、その表情は分かりやすく、安堵の色が伺えた。まるで親が迎えに来た迷子のように。
「良かったら、下で少しお酒を頂きませんか?平田さんからお土産で頂いた赤ワイン、そろそろ感想を言わないと、達彦さん…叱られそうですし。」
「それはマズい!また、パンチが飛んでくるやもしれん。」
達彦さんに辛辣な態度を示す平田さんの姿を、恐らく二人同時に思い浮かべ、共に笑う。
忘れないでください。
僕達、こうしてたくさんの事や物、時間を共有して生きていくのです。共におじいさんになるまで…
翌日、予想外なことが起こった。この日を境に新平さんの猛烈なアタックか始まったのだ。達彦さんは僕をジロリと睨んで言う。
「アイツ…やっぱり君自身に興味があったじゃないか!」
「あは…あはははは…」
ただただ苦笑いの僕…
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