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第1話:異世界の人間との遭遇

*** 「少し、早かったかな」  指定された駅前には、これから夏祭りに向かうであろう浴衣姿の男女や、小さい子どもを連れた家族連れで賑わっていた。七時半といえども、夜と呼ぶにはまだ浅いような、そんな夕闇だった。  誠司(せいじ)は八時に待ち合わせをしていた。付き合ってもうすぐ一年になる彼女、清香(さやか)から夏祭りに行かないかと誘われたのだ。短大に通う清香は就職活動で忙しくしていて、なかなか時間が合わず、大学生の誠司も家庭教師のバイトに明け暮れていた。  久しぶりに彼女とのデートということで楽しみにしていたが、結果、二人きりではなくなった。「ごめん、ダブルデートになっちゃった」と清香に謝られたが、そもそもダブルデートがもう一組のカップルと行動を共にすることだと、恋愛沙汰に疎い誠司はすぐにわからなかった。どうやら清香の友人である流華(るか)、その彼氏に頼まれ仕方なく、清香と自分の四人で夏祭りに行くことになったのだという。  真面目な自分は、反論することなく快諾し、今日という日を迎えた。 「あんたが、清香ちんの彼氏だよねぇ?」  話しかけられ、振り返るとそこには茶色い長髪にサングラス、日に灼けた胸元が見えるほど大きく開いた浴衣姿にサンダルを履いた、見るからにチャラそうな男が立っていた。白シャツにベージュのチノパンという堅苦しい姿の自分とはまったく別世界の人間だ。 「はい……」 「あー、よかった。チッス、俺が流華の彼ピ」 「どうも……」  サングラスを外しながら、自分の親指で自分を指し示した流華の彼氏は、自分とは住む世界の違う人種の男だった。絶対、この手のタイプと自分は友達にはならないし、そもそも接点がない。 「つーか、早くね? 俺は仕事早く終わっちゃったから先にビールでも引っ掛けようと思ってきたんだけど」 「いえ、僕は普段から、待ち合わせの時間よりも、このくらい早く来るので」 「なにそれ、暇じゃん」  誠司にとって、待つことはそれほど苦痛ではなかった。なぜなら、待っている相手に、今日は何をしようか、とか、相手はどんな服装で来るだろうか、とか、考えているうちに約束の時間になっている。それが恋人と会う前なら、それも含めて楽しく感じられるからだ。 「あ、そうそう。流華は今日来ないから」 「来ないんですか?」 「うん、来ない」  そうなると、自分と清香、この男の三人で祭りに行くことになってしまう。清香が聞いたら、どういう反応をするだろうか。  誠司が返事をできないでいると、ポケットのスマホが振動した。 「ちょっと失礼します」  声をかけてから画面を見ると、清香から長いメールが届いていた。誠司はそれをさっと一読する。 「こっちも来れなくなったそうです」 「え?」  いつの間にかしゃがみこんで、煙草に火をつけようとしていた浴衣男が思わず、顔を上げた。 「月のやつ始まっちゃって、体調悪くなったって」 「あー、それ男が何も言えなくなる理由、ナンバーワンのやつ」  茶化すような物言いが引っかかるが、あえて言い返すこともせず、誠司は清香のメールに『わかったよ。お大事にね』と短く返事をした。 「もう駅にいるって言ってねぇの?」 「言ってません。それを聞いたら夏祭りを楽しみにしていた彼女が無理して来るといけませんし」 「ま、理由言うだけ、マシか。こっちはたぶんめんどくさくなったとか、そういう理由だからな」 「え」  そんな理由が理由として許されるのかと、耳を疑う。そしてそれを許容している、この男にも。 「つーか、俺がここにいるのは、流華が来れないってことを伝えに来ただけなんだよね」 「え、わざわざ……?」 「まぁ、暇だったし? 流華が世話になってるから、挨拶ぐらいしとこうかなって」  律儀とも言えなくはないが、この風貌からして、わざわざ来たのは暇なだけではなく、好奇心の類なんだろうと思う。 「でも、せっかくの夏祭りだし、俺たちも行きくか!」 「行こうって、どこにですか?」 「祭りに決まってんじゃん」  浴衣男は立ち上がり、雑踏の向かう方向へ歩き出した。 「ちょ、ちょっと」  もしかして夏祭りに、自分たちだけで行くという意味なのだろうか。お互いの相手が来ないなら、解散の流れが普通なのではないか。  自分に相談もなしに、決定してしまったことに反論したかったが、そもそも思想も言葉も通じる相手ではないような気がして、誠司は諦めて、その背を小走りに追いかけた。

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