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第2話:夏の夜の悪夢

 駅から神社へと続く一般道路が封鎖され、道の両側に屋台がひしめくように並んでいる。こうした屋台は見るだけでも、わくわくする。その上、美味しそうな匂いまで、鼻孔をくすぐれば、なおさらだ。  時間的にも、今が一番祭りのピークなのだろう。 「マジ、屋台多くね? りんご飴、焼きもろこし、かき氷……ひょー! うまそう!」  道のほぼ中央を、男と並んで歩いているが、男の目に映る屋台がどれも子供が好きそうなセレクトであることに気づく。 ――IQが小学生と同じなのか?  見た目、同じ世代か、少し若いくらいなのに、あまりにも幼い。さすがに口には出さないが、腹の中では呆れている。 「つーか、俺ら、お互いに名前知らなくね? ウケる!」 「ウケる?」  ウケるとは、面白いという意味だろうか。なぜ名前を知らないことが面白いのか、理解に苦しむ。 「俺っちは、(つばさ)。サッカー上手そうだけど、全然ボールと友達じゃねぇから下手なの、超ウケる!」  「翼くん、ですね」  どこからどう突っ込めばいいのか、わからないが、ひとまず名前は翼だということはわかった。 「僕は、三宅誠司です」 「な、セイジって、漢字で書くと誠実とかのアレ、ついてる?」 「え? ああ、誠実の誠、に司って書きます」 「ぽい! 超それっぽい!」  そんなことを言われたのは初めてだ。しかし、ここまで突拍子もない発想だと逆に、次は何を言い出すのだろうと興味が湧く。 「で、翼くんは……」 「翼でいいし!」 「翼……は、なんで僕のことがわかったんですか?」 「セイジさー、敬語やめない? タメ語でよくね? あ、俺、焼きそば食いたい!」  翼は突然走り出し、次の瞬間には、もう屋台の店主に声をかけていた。去り際に名前を呼び捨てされていたのが気になったが、翼の自由奔放なところを見ていると、細かいことを気にしている自分のほうがおかしいような気がしてしまう。 「へっへー。ちょうどできたとこだって、うっまそー!」  翼は、湯気を立てた焼きそばが、こんもりと盛られた容器を自慢げに見せてくる。夏の蒸し暑さと祭りの賑やかさにあてられて、何割増しで美味しそうにみえるから不思議だ。 「いっただきまーす」  口にくわえた割り箸を、ぱきっと小気味よい音を立てて割り、一気に口にかきこんだ。それを歩いている誠司の隣で、歩くスピードを落とさずに食べている翼を、誠司はまるで珍しいものを見るように眺めていた。そもそも食べながら歩くなんて、普段なら行儀が悪いとされる行為を夏祭りでは平然と誰もが行っている。羽目を外すというのは、こういうことなのだと実感する。 「はい、セイジの分」 「え、僕は別に……」  翼が食べかけの焼きそばを差し出してきて、自分が見つめていたことで、物欲しそうに思われてしまっただろうかと、慌てる。 「えー、普通、はんぶんこするっしょ? そしたらいっぱい食べれるし!」  ほら、と再び突きつけられ、誠司は観念してその焼きそばを受け取った。言っていることは理解できたが、そもそも同じ箸で食べるなんて初対面同士では、あまりしないのではないだろうか。 「あ、セイジ、もしかして間接キッスとか気にするほう?」 「君は、小学生か……」 「だよねー! ほら、次はじゃがバターとかどうよ!」  この焼きそばは、もう自分が片付けることになっているのだろうか。あまりに強引過ぎるが、このまま流されっぱなしも、なんかシャクだ。 「待て。あの店はやめよう」 「なんで?」  走り出そうとしていた翼を誠司は言葉で制止する。止められた翼は、きょとんと目を見開いている。 「どうせなら美味しい店がいいから、ここは吟味したい」 「セイジ、もしかしてじゃがバター好き?」 「……祭りで見かけたら、必ず買っている」 「マジで? じゃ、セイジが決めた店にしようぜ!」  そう言いながら、ばんばん、と楽しげに誠司の背中を叩く。自分も食べるなら美味しいほうがいい。美味しいじゃがバターの屋台を探すというミッションを与えられ、誠司は俄然、屋台を見る目を鋭くした。 「最悪だ」  オレンジ色に艶めくバターをたっぷり絡ませたじゃがいもの欠片を口に含み、第一声をあげた誠司に翼は吹き出した。 「うっそ、これで三軒目なのに?」 「僕のじゃがバターセンサーが使い物にならないなんて」 「じゃがバターセンサーってなに! ウケる! セイジ、やべえやつ、持ってるな!」  翼が背中を丸めて笑っている。何がどう面白かったのか、わからないが、さきほどから自分の言動が翼の琴線に触れているらしく、笑われてばかりいる。あれから、誠司は厳選に厳選を重ねた屋台でじゃがバターを購入した。しかし、じゃがいもの蒸らし具合も中途半端で硬さが残り、誠司にとっては思っていたクオリティに達していない店だった。あまりに落ち込む誠司を見かねたのか、翼はその後も一緒にじゃがバターの屋台を探してくれたのだが、次の店も期待はずれに終わり、そしてこの三軒目も味は平凡か、それ以下で、誠司はがっくりと肩を落としたのだ。 「誠司、ホントおもしれーな!」 「面白い? 僕は普通だと思ってるんだけど」 「狙ってないからすげーわ。マジでウケるんだけど」  翼が楽しそうに笑っている姿を見ていると自分の考えていることが小さいことのように思えた。初対面で会話が続かなかったらどうしようだとか、沈黙の時間がどんどん過ぎていってお互いがきまずくなるくらいなら、最初から別行動の方がいいのではないか、と考えていた自分の予想の、遥か斜め上か、それ以上の発想で翼は返してくる。コミュニケーション能力というのだろうか、物怖じしない性格というのか、とにかく翼は考えて行動していない。先のことを考えない。ある意味、いつも最悪の事態を考えてそれを避けようと行動する自分とは、真逆の考え方なのだと思う。  今日は、清香にダブルデートをドタキャンされるという最悪の事態が起きた。そして残された男同士で夏祭りに行くという、自分では選ぶことのないルートを無理に選ばされた。最初は、初対面の翼に振り回されていたが、いつしかそのペースに巻き込まれ、自分でも普段ではしない行動を起こしている。そして結果、特に嫌悪感を抱いてはいない。むしろ、予想できないことを楽しんでいる。 「次は、君の食べたいものを食べよう。あ、でも、もう満腹……」  そう言いかけたが、目の前の翼の様子がおかしいことを気づいた。自分たちはじゃがバターを食べるために道の脇に避けていたが、急に翼が誠司の視界を遮るように近づいてきたのだ。 「翼?」 「セイジ、あっち行こう」 「なんだよ、急に……」  翼に腕を捕まれ誘導されるが、その肩越しに、誠司は見慣れた人物を見つけてしまった。 「清香……?」  その名前を呟いたのが聞こえたのか、翼は足を止めた。目の前で、浴衣姿の清香がカジュアルなジャケットを着た男と楽しそうに歩いていた。手には綿あめを持ち、男は清香の肩を抱き、仲睦まじく並んで歩く姿は、どこからどうみても恋人同士だった。 「なん、で」 「セイジ、行こう」 「体調悪いって言ってた」 「いいから」  翼が強く腕を引いた衝撃で、誠司は持っていたじ食べかけのじゃがバターを落としてしまった。それを拾うよりも、視線は歩いていく清香を後ろ姿を追っていた。    翼は誠司を引きずるようにして、二人はその雑踏から離れていった。

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