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第3話:真面目でつまんないセックスとは

「たっだいま!」  明るい翼の声に、誠司は我に返った。  あれから、翼が連れてきたのは、ちょうど祭りの賑やかさを見下ろせるほど高台にある神社で、その石垣に誠司は座らされていた。翼は飲み物を買ってくると言って、胸に二本の缶ビールを抱えて戻ってきたのだ。 「おかえり」 「これ、セイジの分」  はい、と手渡された缶ビールは手のひらが痺れるくらいにキンキンに冷えていた。この蒸し暑さの中で飲むビールは乾いた喉に染み渡って、さぞうまいだろうと思う。でも今は、そんな気にはなれそうもない。 「カンパーイ」 ビールを見つめていた誠司におかまいなく、翼は自分の分の缶ビールを開け、ぐびぐびと喉を鳴らしながら飲み始めた。 「かーっ! やっぱルービーはうめえな!」  ルービーというのは六本木をギロッポンという法則と同じものだろうか、そう尋ねる気力も今の誠司には起きなかった。  何より、さっき目で見た光景が、頭の中でまだ整理ができていないのだから。 「しっかし、まさか男連れとはね!」  翼の明るい言葉が、かえって誠司の胸を痛ませる。  言われてみれば、最近、清香とはすれ違いが多かった。避けられていたと考えると、こうなる予兆は前からあったのだ。好きな人ができたなら、そう言ってくれればよかったのに。 「つーか、清香ちん、ダブルデートってのも、最初から来るつもりなかったんじゃね?」 「は?」  耳を疑う。まさか、清香がそんなことをするはずが。 「きっとさ、あの男に夏祭りに誘われたけど、セイジとすでに約束してたから、急遽ダブルデートにしてブッチしちゃおうって計画したんだって!」 「待ってくれ、君たちがダブルデートしたいと言ったんじゃないのか」  誠司が焦って翼に詰め寄ると、翼は一瞬驚いた顔になり、その後、ぷっと吹き出した。 「違う違う! 俺らが清香ちんにダブルデートしてほしいって頼まれたし」  それでは完全なるクロ、計画的犯行ではないか。誠司は、がっくりと肩を落とした。 「わっるい女だな、清香ちん! まぁ、セイジの性格ならこのあと解散するだろうから、目撃されないと思ったんだろうな」  自分は真面目しか取り柄がない。面白みのない人間だ。でも、それを清香は好きだと言ってくれていた。けど、今回は、その自分の性格を利用されたのだ。 「じゃあ、来年の夏に行こうねってメールに書いてあったのは?」 「マジで? じゃ清香ちん、別れる気はないんだ? 二股とかウケる!」 「二股?」 「そう。セイジは、キープされてるってこと」 「キープ……」  もうこれ以上何があっても驚かないというくらい、情報過多だ。 「まぁ、俺も彼ピっつっても、流華に本命いるの知ってっけど」 「本命?」 「あいつ、不倫してるからさ。男の都合が悪いときに俺が呼ばれるの」 「なんだよ、それ……」 「いーの、いーの。俺も自由にやってるし」  確かに翼はそのあたりは器用に立ち回っていそうだ。今の時代、いろんな愛のカタチがあってもいい。自分はそうじゃないと思っていた。  でも実際は、翼の彼女の流華と同じく、清香も あの男と自分をどちらも手元に置いて、都合のいい方と付き合っているのかもしれないのだ。もしかしたら、本命はあっちで自分のほうが浮気相手という可能性だってある。  わからない。理解できない。自分の常識では、もう測れない。 「付き合うってめんどくさくね? セックスできるための特定契約みたいなもんでしょ」 「セックスだけがすべてじゃないだろ」 「うわ、まっじめー」  自分は真面目だ。けれど、真面目だからって得をすることなんてないと、今日知った。  だったら、自分はどうしたら。 「セイジって真面目でつまんないセックスしか知らないんじゃねーの?」 「そんなことは……」  一瞬、何が起きたのか、わからなかった。翼の顔が近づいて、自分の唇に何かが触れた。  それは目の前の男の、翼の唇だと気づくのに、数秒かかった。 「今、何、した?」 「ちゅー?」  目の前の男は、さも当然のように言う。 「そうじゃなくて、なんで僕にキスしたのかってこと!」 「なんかしてみたかったから? セイジがどんなセックスするか、すっげー興味ある! あ、俺、バイ。ついでにいうと、俺は突っ込まれたいほうだから、シクヨロ」 「ちょっと待て」  バイというのは、確かバイセクシャルの略で、男性も女性もどちらでも対象になるという意味だったか。翼がバイということは、自分もそういう対象になるということか。頭の中が混乱する。 「そうと決まれば、奥、行こうぜ」 「奥?」 「この神社、青姦の名所だし」 「アオカン……」  翼は持っていた缶ビールを飲み干し、すぐ横にあるゴミ箱に投げ捨て、ほらほら、と誠司の腕を引いて立ち上がらせた。 「最初に、なんで俺っちがセイジがわかったのかって聞いたじゃん?」 「うん」 「清香ちんから彼氏は『真面目で誠実な人』ってきいてたからさ、最初に駅前でセイジ見たとき、真面目で誠実が服を着て立ってるって感じだったから、まんまじゃんって」 「何それ……」 「で、三秒後に、こいつどんなセックスするんだろって興味持った」 「は!?」 「チャンス到来ってやつだな!」  今日一番、理解に苦しむ発想だが、翼のマイペースっぷりは、もう自分にとっては異文化で異世界だ。理解しようとする努力はしても、無駄なのだ。

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