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―毒―

  「あ、常田ってばまたガッカリくん見てる」  ふふっと笑いながら掛けられた声に、常田光紀は頬杖をついたまま視線だけを向けた。そこにはクラスメイトの神崎遥がニヤニヤしながら立っていた。 「ガッカリくん、今はたぶんね、ほら、外のあの子たち見てるんじゃないかな」  神崎は言いながら、窓の外を指さす。登校時間である今、沢山の生徒たちが校舎に向かって来ている。指されたのはその中でも二人並んで歩いている名も知らぬ女子生徒たちだ。  神崎の言葉通り、窓際の席に座る刈谷学のぼうっとした視線はそちら側に向いている。 「また百合妄想してるんだよ、きっと」  神崎は楽しそうに笑う。  ガッカリくんこと刈谷学は、ちょっとした有名人である。  北欧の血が入ったハーフだそうで、ぴかぴかの金髪、色素の薄い目は物語に出てくるエルフのようであり、何よりその造形が神々しい程に整っている。老若男女誰もが一度は目を奪われるほどの美しさなのだ。  ただ、本人にその自覚があまりなく、しかも妄想癖の持ち主で常にぼうっとしている。外見との落差が激しすぎて、まさにガッカリだと誰もが口をそろえて言い、ついにはあだ名にまでなってしまう始末だ。  その妄想の内容こそ明かされなかったが、神崎は「絶対百合妄想だよ」と言う。何でも、神崎と仲の良い新野と二人でいると、ぼうっとしながらも目を輝かせながらじっと見てくるそうだが、個人でいるときはどちらにも見向きしないらしい。  言われて意識してみれば、確かに、刈谷は女生徒が二人以上でいる姿をいつも観察している様子だった。  女子同士の恋愛。何ともアブノーマルな妄想である。  しかし、光紀はそんなことでガッカリはしない。なぜなら、自分も刈谷を眺めては、その纏う制服を剥ぎ取って犯し、綺麗な顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、あの瞳に自分だけを映したいと妄想しているからだ。かなりアブノーマルである。  光紀は刈谷に惚れているのだ。  そして、この光紀の気持ちに気付いたのが、神崎と新野だった。あまり感情を表に出さない光紀なので二人の勘の良さに驚いたが、なんでも二人は腐女子であり、生BLが見られるのならいくらでも協力すると申し出てきたのだ。 「なあ、神崎」  陽の光を浴びキラキラと輝く金髪を眺めながら、光紀は口を開いた。 「ん?」 「協力してくれるって言ったよな?」 「え、うん。もしかして、別れられたの?」  ああ、と光紀は頷く。  光紀には付き合っていた相手がいたが、刈谷に出会った直後に別れを切りだした。相手がごねて暫くごたごたしていたが、昨日やっと解決した。 「いいよ。どうしたらいい?」  にっと笑う神崎に、光紀は考えていた作戦を告げた。        ――まさか、こうも上手くいくとは思わなかった。  目の前で頭を下げる刈谷を見ながら、光紀は笑い出しそうになるのを必死でこらえていた。  神崎に頼んだ内容は一つ。神崎か新野、どちらでもいいので、一人が光紀に恋している設定で告白を決意したというのを刈谷にそれとなく知らせて欲しいということ。そうすれば、刈谷の方から光紀に何かしらの接触があると踏んでいた。  神崎はお安い御用と受け付けてくれたが、なんとも上手くやってくれたようだ。  刈谷は、「新野を振ってくれ」と頼み込んできた。なんとも楽しい展開だ。  光紀は刈谷の手をとった。 「代わりに刈谷が俺と付き合ってくれるなら、いいよ」  内心は思い通りの展開に興奮しているが、あえて軽い感じで言う。刈谷は目も口も真ん丸に開いたまま、まじまじと光紀を見返した。  その顔も愛嬌があって可愛らしい。 「僕なんかでいいの?」  容姿に悩む人たち全員を敵に回しかねない言葉だ。しかし、これは謙遜で言っているわけではないだろう。それほど刈谷は自身に無頓着なのだ。 「んー、ま、いいんじゃないの?」  良いに決まっている。手に入れたくて手をこまねいていたんだから。 「わかった、付き合う」  ややあって、こくりと刈谷が頷いた。無表情でいようかと持っていたのに、このときばかりは光紀も思わず笑ってしまった。  善は急げと、光紀は刈谷を抱き寄せ、その形のよい唇を奪った。驚いた様子の刈谷に構わず、舌を差し込み口腔を思うさま犯した。  刈谷はされるがままだ。鼻で息をすることすらわからないらしく、僅かな隙に必死に息をしようとして、なんとも甘ったるい吐息を零している。  こんななりをしていて、全くの無経験なのだろう。そのことが余計に光紀を興奮させた。刈谷が度の過ぎた百合好きで本当に良かった。  くったりとしてしまった刈谷を抱えたまま、光紀は告げた。 「刈谷、言っとくけど俺、束縛激しいし、ちょっとでも他の奴に目を向けようものならどんな理由であっても許さないから。トラウマになるくらい辱めてお仕置きするから」  たとえ自分が関わらない百合妄想だろうとも、他の女子を見つめることだって許しはしない。 「え、うん……?」  よく理解できていないのだろうが、ぼんやりと刈谷は頷いた。 「よろしくな」 「えっと…はい、よろしく…」  言質は取った。  後はもう、体からでもいい、何をしてでも刈谷を繋ぎとめ、籠絡し、自分だけを見つめさせる。  これから先を思い、光紀はにんまりと笑んだのだった。   終

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