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暗示とヤクザ
気分を変えようと今度はキッチンへと散歩に出かける。
厨房のような銀色の内装の中でカイリとサガが背を向けて別々の料理を作っていた。
サガは大きい金色の鍋の中で水に浸る野菜に茶色い粉を振りかけていたから、カレーだとすぐにわかった。
「あっ、よく来たねぇ」
ふわふわな口調で愛らしく笑うサガ。
「媚薬みたいなやつ、また入れてないよね?」
僕がニヤニヤしながら言うと、モトはピクンと震えた。
「な〜んも入れてへんよ……平太にとって悪いものは」
サガはあの時と同じように低い声で言い、口角を上げたから、今度は僕が身体を震わせる。
「おまっ、変な暗示かけんなや!」
大声を上げるカイリになにがぁ?と何もなかったかのように問いかけるサガ。
「洗脳は詐欺やぞ」
「謂れのない疑いかけんといて」
おたまでカレーをかき回しながらカイリとやり取りをしたサガはモトと僕は鳶色の瞳で順に見つめた。
「俺の言葉でちょ〜っと気持ち良くなるだけやんな?」
その後にウインクを2回するから、熱い吐息がモトと僕から出る。
「それがダメだっつうの!!」
絶対痛いような大きい打撃音を立てて、カイリがサガの頭を叩くと、クマ耳の帽子がはらりと落ちたと同時にサガの叫びが響いた。
「黒くなる前に、黒のカラーリング首まで塗って痒くさせんぞ、ゴラァ」
見たことないけどヤクザを怒らせたらこんな感じなんだろうなと思うくらい眉間に皺が食い込み、歯を食いしばるカイリは……一番怖い。
「ごめん、イヤな思いさせたよな? ちょっとこっちに避難しような 」
僕らを見たカイリは目尻が垂れ下がって、口を尖らせた可愛い顔をしていて、僕らを反対側へと連れていく。
二口コンロの右側は六角形の芋頭と丸形の大根と花形の人参、白滝と牛蒡がめんつゆで煮られている。
カイリは左側のコンロに置かれたフライパンでたくさんの野菜にうどんを入れ、ソースをかけて炒め始めていた。
「これって、かあちゃん食堂の里芋煮と焼きうどんみたいだね」
かあちゃん食堂はカイリに連れていってもらった家庭料理屋さんで、そこのカヤかあちゃんは面白いし、美味しいしでよく覚えている。
「今日のために教えてもらった……カヤかぁもへいたんのこと、気に入ったみたいだしな」
カヤかぁと同じ味にはたぶんならないけどなって言いながら首を掻く仕草が照れ隠しなのを僕はやっと気がついた。
「カイリの味って新鮮だから、僕は好きだよ」
褒めてみたら、まぁなって言って強く掻いたから僕は静かに笑った。
「もうすぐ出来るから、盛り付けてある大皿2つ持っていってくれるか?」
自分の頭を撫でながら言うサガにわかったと返し、僕は赤福神漬けとらっきょうの甘酢漬けとチョロギのキムチが盛ってあるのを、モトは人参カラムーチョサラダとキクイモのチップスが盛ってある大皿を持って部屋を出た。
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