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洪水3
「ほら、もうすぐだから。しっかり歩くんだよ。お前の家はすぐそこだろう?」
馬の鼻先に引っかかった無口をぐいっと引っ張りながら、
若い男が、馬を慰めながら、励ましながらゆっくりと河を上ってくる。
「もう少しだから頑張って。今倒れたらダメだよ。動けなくなる。まだ歩く力は残っているだろう?」
馬を引く若い男の声に励まされ、陽王らしき馬がソルの目の前まで近づいてきた。
その時、
ソルに気づいた若い男が、河の中ではっと足を止めた。
こちらと目が合ったとたん、
気まずそうな顔で、挨拶もなく、ゆっくりと川岸まで近づいてくる。
彼は、ソルの目の前まで来ると、馬の無口にかかっていた紐を無言で差し出してきた。
男の肘からポタポタと雫が落ち、それがソルの足先にまで流れてくる。
「え、水…っ」
その事にぎょっとしたソルが思わず身を引くと、
男はひどく傷ついたように、気まずい顔で瞳を伏せた。
「…ヒモは濡れていないから、大丈夫。…かなり衰弱しているから、早く連れて行って休ませてあげなよ」
全身が濡れた状態で、髪の先から、顎の先、あちこちからボタボタと雫を垂らす彼に怯えながら、
ソルは震える手を伸ばして、無口のヒモを手にした。
そのとたん、
逃げるように踵を返した彼が、あっという間に水の中に沈んでいく。
その様子を、ソルは呆気に取られて見つめてしまった。
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