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洪水6

大きな河を泳ぎながら、少し上流へと向かったマールは、分離した渓流に身を寄せた。 「はぁぁ、」 岸に上体だけを乗せ、両手をうんと伸ばして息をついた。 その時だ。 「…マール…?」 ふいに名前を呼ばれ、彼ははたと顔を上げた。 川岸に生えた古い巨木が、こちらに話しかけてくる。 ルイードと呼ばれる《巨木の精霊》は、彼の唯一の友達だ。 長いマントの裾を(ひるがえ)して川べりに寄った精霊・ルイードににこりと微笑して、 マールは子供のように嬉しそうな顔になった。 「あのね!今日ね!人間に会ったよ。それから、火の精もいた」 「人間? …へぇ、」 ルイードは興味深そうに身を乗り出した。 「こんな極寒の森に人が住みつくなんて、ずいぶんと珍しいものだな」 「馬を助けたら、ものすごい顔で睨まれちゃった。…ちょっと怖そうな人間だった」 寂しそうにまつげを震わせた彼を見下ろし、ルイードは労わるように手を伸ばした。 肩から生えたその腕は細い枝でできていて、ほっそりと長い茶色い指がマールの頭に触れた。 「誰かに気を許してはいけないよ、マール。悲しい思いをするだけだからね」 「…あの火も?」 「そう、その火も」 と、ルイードは答えた。 「彼らには、二度と近づいてはいけない」 「――でも、」 人間の方はともかく、火の精霊の方は悪人に見えなかった。 とはいえ、 あの火の精は、マールを見てすごく怯えていた。 …たぶん、水が怖いんだろう。 確かに、彼と仲良くするのは、難しいように思えた。

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