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恋火7

皆黒に怒鳴られて逃げ出してしまったマールは、怯えながらルイードの元へと泳いだ。 「おや。…どうした? マール」 姿を現したルイードが、様子の違う彼を心配して水面を覗き込んでくる。 顔を出したその瞳に涙が浮かんでいるのを見て、 なにかを察したルイードは、やるせなく息をついた。 「だから言ったのに、」 「…、ううっ」 とたんにポロポロと泣き出してしまったマールが、ほとりに突っ伏して声を震わせた。 「怖かった…っ。ものすごく怒った目で睨まれてしまった!」 「あやうく3枚におろされるところだったね。…という冗談は、ともかくとして」 ルイードは苦笑して彼の頭を撫でた。 「精霊の力は強大だ。特に《水》と《火》は、たとえ消失してもどこからでも生まれ直して、いたるところに現れる。――本人の預かり知らないところで、誰かを痛めつけることが無いとは、一概には言えないのだよ」 「…言ってることが、よく分からない」 マールは顔をしかめて小首を傾げた。 「僕は、僕の知らないところで、あの人間を傷つけてしまったってこと…?」 「そういう事があるかも、って話だよ」 「…」 その(ことわり)を不思議に思いつつ、 皆黒に嫌われている、という事実だけは妙に納得できた。 「ルイードにもそういう経験があるの?」 「…マール」 彼は静かにほほ笑んだ。 枝でできた手でマールの髪をすくい、空色のひと房を指に絡ませた。 「あの屋敷には近づくな。…と言っても、君はやはり明日も行くのだろうか」 そう問われて、マールの瞳が曇った。 「…僕、皆黒という男は苦手だけど、ソルのことは、とても好きだよ」 「そうかい」 「ルイードは、僕がソルと仲良くするの気に入らない?」 ルイードは、ふうと肩をすくめた。 「悲しい思いをしなきゃいいのに、と思うよ。――愛しい子…濁ることなく、ずっと澄んだ心のままでいれば良いのに」 「気にしすぎだよ。ソルが僕を悲しませるはずがない」 「いつか、この森からからいなくなるかもしれないのに…?」 「えっ?!」 「例え話さ。そういう事があるかも、って話だ」 「――」 上空を旋回していた虹色の小鳥が、 遊びに飽きてしまったかのように舞い戻ってきた。 そして、 ルイードの大きな枝の葉の中に身をひそめると、 小さな小鳥は、 やがて静かに眠りに落ちていった。

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