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くちづけ5
「ほとんど屋敷から出ない、かな。大抵いつも1人で難しい本を読んでいる。…たまに森に薪を探しに行ったり、畑仕事をしたり…。それから、…――水災害で死んだ恋人がいるって」
「!」
とたんにマールの顔色が変わった。
しまった、と思ったけど、後の祭りだ。
皆黒本人から聞かされてマールが傷つくよりは、ずっとマシに思えた。
「アイツは、恋人が死んだせいでおかしくなったんだと思う。皆黒がマールに冷たく当たるのはそのせいだ」
「ソルは、あの人間が好きなんだね」
「オレをここに生み出してくれた男だからな。でなきゃお前とも会えなかったし、感謝してる」
「…そう」
小さく頷いて、マールは顔を上げた。
視線の先に、大きな屋敷が見える。
皆黒が初めてこの森に来た日に、魔法で作った大きな家だ。
「立派なおうちだね」
「皆黒は魔法使いだから。何でもできる」
ソルが笑った。
「あの屋根の色、マールの髪の色に似てないか?」
「そうかな」
マールは首を傾げた。
「あの屋根は、もっともっと深い、夜空の色だよ。…僕の色じゃない」
「…マール、」
ソルの指が、そっと彼に伸びた。
口の周りについたクリームの拭い取るように、その指先が動く。
いきなり触られたことに驚いて、思わずびくりと飛びのいた。
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